54話 難易度ヘルモード
内情を知らされる度に都合の悪い話ばかりが耳に入ってくる。なんだろう、リヴィアスが倒産寸前の町工場の社長に見えてきた。
皇帝と元老院の意見が一致しているなら、いっそ戦争でもなんでも好きに始めればいいんじゃないか?と、この世界にそこまで思い入れのない俺は思ってしまう。
ましてクロネリア帝国はすでに地上海一帯を統一した超大国。強いのだから。
「その、皆が戦争を望んでいるなら必死になって止める必要があるのか?」
戦争の良し悪し、倫理観なんてものは時代や情勢によって変わるものだ。
クラウディ公、リヴィアス、ゴズウェルが戦争を止めようとする理由はなんだ?
今度こそリヴィアスは、もう勘弁してくれと叫び出しそうな苦渋に満ちた表情をみせた。
「まさに、ベルセリ君はそう言って去っていったよ。彼の時分にはまだよかった…でもヘリオン君、もう限界なんだ」
俺と同じ意見を持つ人間がいるのは当然だと思う。侵略戦争は悪い事という人道的な観点だけで孤軍奮闘できる人間がいたとしたら、それは守る者のいない無敵の人。異端者だろう。
「限界?どういう意味です?」
「ヘリオン君、君が私を少し胡散臭く感じているのはなんとなく感じているが…これは本心だという事を理解してもらいたい。
私は君を数少ない友人だと思っている。そして、全てを語れない事を許してほしい」
少しではない。
こちらはかなり胡散臭いと感じている。
この大仰な芝居がかったセリフはなんとかならないものか。
「魔法において大切な言葉を3つ教えたと思う。君は『religio』しか覚えていないかもしれないが蓄積される現世への影響という意味では『baranca』のほうが重要なのだ」
話が最初に戻ってしまった。
世の理のバランスと戦争を止める理由がどう繋がるのだろう。
「『arcana』によって守秘義務が課せられている為に一部しか教えられない事を改めて君に伝えておく」
アルカナとは秘伝の意味だ。
そうか、全てを語れないというのは魔法的な縛りで語る事を制約されていると言いたいのか。
「もし、次に帝国が戦争を起こした場合、戦端が開かれ、どちら側にせよ犠牲者がでた時点で『baranca』が崩壊し、自然災害によって帝国が滅亡する未来が確定している」
は?
ちょっと待て…なん…だと?
「それは表現というか概念としての滅亡ではなく?」
「違う。物理的かつ直接的な意味での滅亡だよ」
「未来が確定しているというのは?」
「私の友人の中に、非常に高い確度で未来を予見できる者がいてね。彼女の予見がクラウディ公を動かしたというわけだ」
未来予知なんていえば胡散臭い事この上ないが、なんせ魔法が実在するファンタジー世界のクロネリア帝国。一定の信頼に足るものなのだろう。
それにしても……剣闘士に転生しただけでも人生ハードモードだと思っていたが、まさか戦争が起きたらゲームオーバーなんていう無茶な縛りまであったとは……ヘルモードじゃないか。
言葉を失った気まずい客間に、トントンとノック音が響いた。
「失礼します。鍛冶工房のアルゲです。ヘリオンさん、親方が呼んでいます!」
「リヴィアス、5連戦用の武器が完成したようです」
彼も話題が移るのは大歓迎とばかりに席を立つ。
「ヘリオン君、身辺の警戒を怠らないように。私は少し疲れてしまったので失礼するよ」
「リヴィアス、その、いくつもの情報をありがとうございます」
「すまないが今は君が頼りだ。どうか負けないでくれ」
「気を引き締めて、可能な限り努力します」
リヴィアスは情報を隠すが嘘はつかない。
こちらが彼の側でいる限りは友人でもいてくれるだろう。
逃げ場なし、引退スローライフ不可ともなれば目指すのはスピードクリアだ。
ちゃっちゃと責任を果たして、肩の荷を降ろしたい。
「アルゲ、連絡を楽しみにしていた!鍛冶工房に行こう」「へい!」
「おう、坊主!待たせたな。こいつはカサンドラの嬢ちゃんと作った『ぶった斬り斧』以来の面白い仕事だったぞ」
鍛冶工房中庭の青空会議室でキュクロ鍛冶師長と対面する。当初は礼儀知らずだなんだとどやされまくっていたが、変な武器を一緒に作り上げる悪友として認められたらしい。
どうも俺はガハハと笑うおっさんと相性が良いようだ。ありがたい事だがもう少し華やかさも求めたいと思ってしまう。
「さすがは鍛冶師長殿。出来には期待しています!」
「殿ときたか、ステロ!持ってきてやんな」
「へい!親方!」
キュクロにはアルゲ、ステロ、ブロンという3人の弟子がいる。3人共にもじゃっとしたドワーフなのでこちらからは全く見分けがつかない。
程なくして弟子のステロが、白布に包まれた自分の身長に倍する剣を抱えて戻ってきた。
中庭中央に設置された岩のテーブルに厳かな手つきで並べる。
「鍛冶師長、3本あるが…」
「なに、急かすな。これから説明してやるわい」
注:古代ローマ時代において所謂爵位は存在しませんでした。
それに類するもしくは語源となる称号として、公、伯、騎士が存在します。
『公』は軍事的最高責任者への称号であり『伯』は属州の政務官『騎士』は徴税官にたいする称号でした。
本作においては『公』を皇帝に次ぐ権力を持つ摂政とし、『伯』は元老院における最高権力者が持つ称号として扱っています。
ご了承ください。




