53話 強者の存在
「『baranca』(バランカ)が大事だとあれほど忠告しておいたのに、ヘリオン君は何を聞いていたのかね?」
リヴィアスのお説教が耳に痛い。
ここは魔獣闘士地区カサンドラ邸の客間だ。
俺は魔獣戦の締めにマジックスクロールを発動させた結果、魔力を使い果たして丸一日意識不明。
通常、プール一杯分も力を借りようとすれば錠を開けられない位ならまだマシで、下手をすれば廃人だったと何度もくどくどとお説教を受けた。
「どれくらいの水瓶がよかったのですか?」と聞いてみれば「普通の、ごく一般的などこにでもあるようなありふれた水瓶です」と“普通”を何度も強調されてしまった。
現代日本に水瓶はありふれていないし、俺の住むインスラには蛇口があるのですが、と反論したいが火に油を注ぐようなものだ。
黙っておこう。
「君は興行師のウェスパシア、私の政敵であるアウロ元老院議員、ひいては間接的にシディウス伯にさえ目の敵にされているのだ。
いつまでも場当たり的で隙だらけでは困る」
すみません。申し訳ありません。反省しました。と平謝りを続けているわけだが、本日のリヴィアスは矛を収めてくれない。
「そうだな、君は確かに強い。その強さは別格、番外と言ってもいいほどだ。
それを自覚してしまったせいで、このままでもやっていけるだろうと考えているのでは?」
図星である…ヘリオンさんの圧倒的な運動性能に加えて、マジックスクロールの過剰な破壊力。
これで油断するなというのは無理な話。
レベル99のカンスト状態ではHPを確認することも無く、攻撃ボタンを連打してしまうのは仕方のない心理だと思う。
「そういう事なら教えておこう。君の事を番外だと言ったが、私は君より強そうな人間を複数知っている。興味はないかな?」
「ほう、それは聞き捨てならないな。ぜひ聞かせてもらいたい」
え?ちょっと待て、ヘリオンさん?
嘘だろ、一瞬にして口を乗っ取られてしまった…
自分より強い奴に反応するって、どこの戦闘民族だよ。俺はワクワクなんてしないぞ!
釣り上げた、と確信の笑みを漏らすリヴィアスと興味津々で挑戦的に舌舐めずりをするヘリオン。
俺だけ置いてけぼりである。
「ゴズウェルさんが見出し、鍛えた尋常ならざる先達の闘士が4人。彼らはヘリオン君と十分に並び立つ強者だ。つまり君は5番目の戦士というわけだね」
4人もいたのか…思い出してみればゴズウェルはいつもひどく疲れた顔をしていた。
ダモンさんと別れて7年、その間に発掘したと考えれば驚く人数ではないのかもしれない。
「君の一つ前にあたる先輩、4人目の戦士はカサンドラ。彼女がそうだ」
カサンドラ!
いや、驚くというよりも納得感のほうが強いな。
バルディッシュを製作した先見の明、強すぎる生存本能。
彼女はヘリオンと比べても遜色のない異質な強者といえる。
彼女は生と死の竜バースの加護を受けているそうで、見るも無惨だった左腕はたった一晩で日常生活を送れるまでに回復していた。
「彼女が味方なのは心強いな」
「ただ…彼女はかつての試合で心に深い傷を負っていてね。人とは戦わないんだ。そういう意味では、私達の目的である戦争の抑止にたいしてあまり貢献できない。
魔獣戦はあくまで前座であるし、なにより帝室にまで発言力を持つ剣闘士は帝国筆頭剣闘士のみだからね」
つまり、並の強さではなくチャンピオンになる事を求められているわけだ。
俺の人生設計としてはさっさと一生分稼いで引退する気満々ではあるものの、オドリーとカルギス一家、そしてゴズウェル。
彼らを置いて逃げ出す選択肢はあり得ない。
彼らが幸福である事が俺の幸福の条件なのだから。
仕方がない…
ヘリオンさんと頂点を目指してみるか。
(安心しろ匠、元よりそのつもりだ)
すっかりその気の体担当はまさに常在戦場。
戦闘狂についていく心担当の俺はストレスで胃に穴が開かないか心配だ。
「それで残りの3人は?」
「3人目はラケル・ベルセリ。シディウス伯に引き抜かれ、私兵として暗躍している」
「シディウス伯は敵ではないのか?」
「私達にとっては敵とも言えるが、帝国にとっては方針が違うだけで同じ臣民だ」
剣闘士じゃないならひとまずは関係ないなと記憶のゴミ箱に丸めて捨てようとしたら、リヴィアスが物騒な事を付け加えた。
「ベルセリはシディウス派にとって脅威となる人間を暗殺して回っている疑惑がある。君も身辺には気を付けてほしい」
ヘリオンやカサンドラ級の実力を持った暗殺者か…狙われた時点でどうしようもない気もするが、名前だけでもしっかり覚えておこう。
「2人目はポンス・ホラティウス。彼は味方だ。強大な敵との戦闘で深手を負ってしまってね。残念ながら長期療養中だ。我らがブルトゥス訓練所の上位闘士だよ」
「療養中とは残念だな。ホラティウスは強いのか?」
「強いなんていうものではなかったな…それに彼は勇敢な人格者でもある。怪我をするまで私達にとっては希望の星だったのだから」
「それほどの人物ならいずれ会ってみたいものだな」
「容態が落ち着いたら紹介するつもりだよ」
「そして、最初の弟子はヴィクトリウス・アルティウム」
ん?ヴィクトリウスって…ダモンさんが呼んでいたゴズウェルの添え名か称号だったような。
俺の訝しげな表情に同意を示すリヴィアス。
「そう、勝利を制する者の名を冠する称号『ヴィクトリウス』はゴズウェルさんからクルルソスに継承されたものだ。そして現在の帝国筆頭剣闘士でもある」
「という事は敵側だな」
筆頭剣闘士の名を取り返せと、ザビア訓練士長、ダモンさんから何度も聞かされていた。
俺の当分の目標は打倒アルティウムという事になる。
「それにしても、5人の内2人も寝返るっていうのはどういう事なんだ?」
リヴィアスの笑顔が不自然に深まった。
あまり突っ込まれたい内容ではないのだろう。
「以前、少し話したがシディウス伯派が戦争の再開を求め、私達クラウディ公派がそれを止めようとしていると言ったね」俺もそれは覚えている。
どこまで話そうか、リヴィアスは考えるように少し間をおいて口を開いた。
「シディウス伯派が元老院を推し、クラウディ公派が皇帝を推しているという世間の噂があるが、こちらは間違いだ」
これはトリトスさんが話してくれた内容だったはず。
「開戦などの国事にたいしてクロネリア帝国では、民、軍、元老院の意向に沿って皇帝陛下がお決めになる。
そして、今最も強く領土を欲しているのは元老院だ。陛下はまだお若い。目に見える功績を欲して戦争を求めている」
「つまり元老院も皇帝も戦争を望んでいる?」
「その通り。戦争を止めたい勢力は少数なのさ。陛下が欲しているのが領土ではなく、功績と民衆からの尊敬なのがせめてもの救いなのだが…力のある勢力に鞍替えしたくなるのは人情だろう?君にはそうであってほしくないが」
なんて事だ…政治面では完全に少数派な上、戦力面でもこちらは療養中と不参加と新人の俺。
たいして敵の戦力は筆頭剣闘士と暗殺者。
この戦いに勝ち目なんてあるのか?
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