51話 オドリー、初めてのおつかい
「二人とも大変よくできましたね。今日の授業はおしまいです」
家庭教師のパティア先生がニコリと微笑みました。
「先生!ありがとうございました!」
私とニウス様は元気に礼を述べて先生を送り出します。
パティア先生は、ご主人様のパトロヌスであるリヴィアス様が紹介してくださった家庭教師です。
とても綺麗で気品があり、私のような奴隷にも決して傲慢な態度を取らないお優しい先生です。
私がアハハと笑うと「オドリー、淑女が笑う時は口元を押さえて、フフッと微笑むほうが美しいですよ」とクスクス笑いながら諭してくれます。
私がヘリオン様にお仕えするようになってからというもの、周りの人は皆が優しく、笑顔に溢れていて世界が一変しました。
私は本当に幸せ者です。
お隣のマンティさんから立ち居振る舞いと家事を習い、パティア先生から文字と算術を教わります。
パティア先生は本当に物知りで、神学や哲学のお話を交えた授業はとても面白く勉強になります。
マンティさんとパティア先生の授業が終わると、私は家に帰って部屋の掃除を行います。
寝室を整え、居間を片付け、床や扉、金庫等を磨くのです。
オイルランプの燃料や果物の確認も必要ですね。
そうそう、最近では伝書鳩のお世話も新しい仕事に加わりました。
先日、リヴィアス様が突然お越しになり、
「ヘリオン君はいつも素晴らしい結果をだすのに連絡不精なのだけが問題だ。だからオドリー、君が主人に代わって報告をしなさい。その手段を用意した」とおっしゃって、リヴィアス様と訓練所へ連絡できる伝書鳩を二羽、ご用意くださいました。
銀製の鳥籠にはとても美しい文様が彫られていて、伝書鳩が必ず戻ってくる不思議なおまじないが掛けられているそうです。
パトロヌスがクリエンテスの家に直接訪れて、世話を焼く姿を初めて見た私は目を丸くして驚きました。
以前の主人であるネザリーナ様は、クリエンテスや奴隷にたいして常に横柄で「あれを用意しろ!」「これを持ってきな!」といつも命令ばかりしていたからです。
リヴィアス様はとても面倒見の良いパトロヌスだと思いますが、あれでは気苦労が絶えないのではと少し心配になりました。
きっと自分で采配した結果を早く知りたい性分なのだと思います。
クロネリア市内では時折、魔術具や神具と呼ばれる竜の加護を備えた道具を見かける事があります。
火除けの御札や毒を見分ける盃、将来の自分を映す鏡などがあるそうです。
おそらくはこの鳥籠もその一種なのでしょう。
とても高価そうなので一生懸命に磨かなくてはいけません。
なにせ、私の何倍も価値のある道具ですもの。
パティア先生のお話では、高位の貴族などの中には『魔法』といって直接、小さな奇跡を起こしてしまう方がいらっしゃるそうですが、私には酒場で吟遊詩人が得意げに語る物語のように聞こえました。
「パルテナスでは神学の一環として、魔法の研究が進んでいるのですよ」とおっしゃっていましたが貴族の方とはいえ、人が奇跡を起こすなんて信じられませんでした。
パティア先生のお言葉を疑うのは良くないと思うのですが…もしかしたら、少し大げさにお話されたのかもしれません。
私がバルコニーで鳥籠の掃除をしていると、足に手紙をくくりつけた一羽の白い鳩が飛んできて鳥籠に留まりました。
ご主人様が通う訓練所からの知らせのようです。
昨日はご主人様が戻られなかったので、正直なところ不安に思っていました。
お怪我などされていないと良いのですが…
「カサンドラ様へのお見舞いの品を用意して、訓練所に届けてほしい…」
ヘリオン様は私をまるで実の娘のように可愛がってくれます。
側仕えとしての教育だけでなく、知識や教養も身につけるようにと家庭教師までつけてくださるヘリオン様。
そんな主人にせめてもの恩返しがしたいと思い、身を捧げるために決死の思いでヘリオン様の寝所に忍び込んだ事があるのですが「寂しくて寝付けないのか、仕方ないな」と言って、赤ん坊にするように私の背中をトントンして優しく寝かしつけてしまったのです。
ヘリオン様に相応しい側仕えとして、一人前の女として見てもらうためには是非とも、この初めてのおつかいを成功させなくてはいけません。
身なりを整え、気の利いたお見舞いを用意して、おはぎ様と一緒に主人の命令を全力で全うしましょう!
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