49話 バルディッシュの一撃
「チビ!後退しろ!」
カサンドラの怒号に合わせて、ティミドゥスがバックステップで3歩下がる。
その瞬間、軽自動車ほどもある魔獣カルキノスの左鋏足がビュンッ!と、ついさっきまでティミドゥスのいた空間を高速で通り過ぎた。
「ひえぇっ!」
俺達はカサンドラの指示で魔獣カルキノスの間合いや反応、殻の薄い箇所を把握する事に注力している。
当初カサンドラはティミドゥスを相手にしていなかったが、ティミドゥスが彼女の指示に迷わず反射的に従った事で価値を認められたらしい。
長距離から鉄鞭を打つ傍ら「チビ!来るぞ!」「チビ!左だ!」と細やかに指示を飛ばしている。
俺はというと待機状態で暇である。
「火力担当を警戒されると面倒になる。今は威嚇以上は禁止!」「応!」
それにしても魔獣カルキノスはでかい。
こいつを茹でるとしたらどれほどの鍋が必要だろうか。そういえば、いつかの正月に姉ちゃんと生きたロブスターを買った事があったな。
姉ちゃんとの思い出から弱点や特徴を見つけられないか試してみる。
「匠、ロブスターの爪はそれぞれ役目が違うそうよ。大きいほうが『クラッシャー爪』ゆっくりだけどスチール缶を潰せるほど握力があるから、挟まれないように注意してね」
おそらく右鋏がクラッシャー爪だろう。
車で言えば8人乗りのミニバンくらいの大きさがある。捕まったらそのまま両断されるのは間違いない。
「小さいほうは『カッター爪』早く動いて獲物を引き裂いたり、口に運ぶのよ」
さっきティミドゥスを捕まえようとしていた左鋏がカッター爪だな。小さいといっても軽自動車くらいのサイズではあったが…
「ロブスターって角も硬いんだね、犬のヒゲみたいな物だろ?」
「きなことロブスターを一緒にしないでちょうだい!」
姉ちゃんはそう言って、ロブスターの匂いをクンクンしている愛犬のきなこをグシグシ撫でる。
「その触角は匂いを探る器官よ。凄く鼻が利くんですって。匂いで獲物の位置を特定するらしいわ」
「姉ちゃん、なんでそんなにロブスターに詳しいんだよ。考古学とは関係ないだろ?」
「美味しく食べるために調べるのは基本でしょ?ローマは1日にして成らずよ!」
姉はドヤ顔で語っているが、普通調べるのは生態じゃなくてレシピだと思う…
「バカ!ボサッとするな!」
姉ちゃんとの思い出を探っている間に、ターゲットが俺になってしまったらしい。
振り上げられたミニバンサイズのクラッシャー爪が俺を叩き潰そうと迫ってきた!
うおぉ!慌てて飛び退る。
ブワッと風が巻き起こったかと思えば、ドオンッ!という轟音と共に地面が揺れ、砂埃が巻き上げられる。
カサンドラの教育で魔獣と力比べをするなと怒鳴られたが納得だ。
「カサンドラ!魔獣は触覚で匂いを感知してる!」「よし!触覚を潰す!」
カサンドラはカッター爪の後方に素早く回り込み、鉄鞭を触覚に打ち付けて巻きつける!
この判断の早さこそ、彼女の真骨頂なのかもしれない。
「やあぁぁっ!」
気合一閃、ブシュッという破裂音と共に左の触覚を引きちぎる。カルキノスは痛みに反応し、両方の爪をやたらに振り回して暴れた。
「うわああぁ!」
ティミドゥスは悲鳴を上げて猛然と距離を取る。
「おい!怒りを買ったようだぞ」
うむむ、ロブスターは痛みや恐怖を感じる感覚器があることが判明しているらしいからな。
まぁ、怒るのは仕方ない。
「バカ!チビ!定石だ、弱い方の関節を狙え!」
よし!許可が出たぞ!
素早くて邪魔なカッター爪を狙おう。
「ティミドゥス!先に一撃入れてくれ!後から続く」「は、はいっ!」
覚悟を決めたティミドゥスがカルキノスの正面に立ちはだかり、カッター爪の可動部に槍を突き刺した!狙いが正確だ。
訓練の成果はバッチリでている。
俺はカルキノスの左外側から腕の関節に狙いを定め集中する。
「わっ、わあぁぁ!」
ティミドゥスが突き刺した槍ごと口に運ばれてしまったようだ。
口元に生えた顎脚がティミドゥスの左腕に絡みつく。まずい、ティミドゥスが食われる!
「バカが!集中しろ!」
カサンドラの叱責が飛んできた。だからといってこれを見過ごすわけには…
「私の仕事は支援!お前は火力と言ったろ!」
言うが早いかカサンドラは素早い動作でビュビュンッと鞭を2度叩き込む。
一撃目でティミドゥスが握ったままの槍の柄をスパッと切断し、二撃目はティミドゥスに絡みついている顎脚を鞭の先端で見事に打ち払った。
さすがはカサンドラだ。
これで俺も専念できるぞ!
バルディッシュを両手で掴み、勢いよく振りかぶった。一気に集中力を高めてヘリオンと同調させる。
全力で行くぞ!
「URAAAAAaaaaaa!」
ザンッ!
ゴトンッという鈍い音を響かせて、カルキノスのカッター爪が地面に落ちる。よし!
集中が切れたのか、周囲の音が流れ込むようにして、一気に耳に流れ込んできた。
「おおおおぉぉ!vivat!(ヴィーヴァト!)」
魔獣の腕を落とした俺達に観客の声援が闘技場を埋め尽くしていた。あと少しだ。
周囲に目をやった俺にフッと影が落ちる。
「バカ!終わってない、上だ!」上だって?
カルキノスの残った触角がシュッとこちらに向けて下がり、俺の正確な位置を特定する。
振り上げられた巨大なクラッシャー爪が俺を潰すために落ちてくるのがわかった。
「はあぁっ!」
気合いを放ったカサンドラが鞭を捨て、俺に飛び込んでくる。
俺はカサンドラに押し出されて地面に尻もちをつき難を逃れた…
ズズンッ!
クラッシャー爪が地面にめり込んでいるのがわかる。
「カサンドラ!」
土砂が巻き上げられ、彼女の無事が確認できない!
「カサンドラ!」
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