48話 魔獣戦開始
魔獣戦に向けて主力武器にバルディッシュを借り、お守りとしてマジックスクロールを受け取った。
俺の準備は過去最高に準備万端である。
3人のチーム戦になるので最低限ではあるが役割分担も決められた。
カサンドラが指揮と支援。俺が火力担当。
ティミドゥスが囮担当。
ティミドゥスは半泣きになっていたが、こればかりは仕方がない。
なんとか3人揃って生き残れるように全力を尽くすのみだ。
残りの3日間、俺はカサンドラからバルディッシュの扱い方、連携攻撃、模擬戦、スクロールの使い所と対魔獣に特化したスパルタ教育を施された。
彼女は口こそ悪いが多くの事を教えてくれる。
「柄を切られたら終わりだ!このバカが!」
「殺気のないフェイントは無駄だ!バカ!」
「魔獣と力比べをするな!バカ者!」
バカバカ言い過ぎだと思うが感謝の念でいっぱいだ。なにせ生き残る為の教育なのだから。
ティミドゥスは基礎的な能力を向上させるためにザビア訓練士長ががっつり面倒を見てくれている。
帰宅前にティミドゥスと面会する度に目の下のクマは濃くなり「訓練士長に比べれば魔獣の方が幾分マシに思います」
「訓練士長に殴られる前に距離を取れるようになったのです。結局、殴られますが…」
「訓練士長の木剣を受けても槍を取り落とさなくなりました」などと語っていた。
虚ろな目をしている以外は順調そうだ。
そして、ついに魔獣戦当日。
闘技場待合室に詰めた俺にダモンさんが申し訳無さそうに近寄ってくる。
「こんな事になってしまってすまない、ヘリオン」
「ダモンさん安心してください。3人揃って、勝利の月桂冠を受けてやりますよ」
「あぁ、こんな興行を組んだウェスパシアとシディウス伯に目にものを見せてやってくれ!最上の酒を用意して待っている!」
試合開始前に全員の装備を確認しておこう。
俺の主武器は両手斧バルディッシュ。
盾はいつもより小ぶりな円形盾にベルトを付け、前腕に装着している。
これはバルディッシュを全力で振る際に両手を使うための工夫だ。
腰紐には投斧を吊り下げ、マジックスクロールも折りたたんで挟んである。
篭手とすね当て、面頬のない鉄の兜をかぶった。
カサンドラの主武器は“クヌート”と呼ばれる鉄鞭だ。
木製の取っ手に革紐と鉄線で編まれた2.7メートルほどの長大な鞭が付いている。
鞭からは小さな鉄の棘が無数に飛び出していて、巻き付かれた者の事を考えると怖気が走る。
先端には鉄の突起が取り付けられていた。
直撃すれば一撃で骨を砕くだろう。
彼女は試合直前この凶悪な鞭に、塩と硫黄を溶かし込んだ水を吸わせて、さらに恐ろしい武器に変えていた。
こうする事で皮膚や目に甚大な被害を与えられるようになるそうだ。
彼女は鉄鞭の他に、腰にはグラディウス(直剣)を下げ、さらに小手の内側にプギオ(短剣)を仕込んだ。
篭手とすね当て、胸当てを付け、面頬のない兜をかぶる。
彼女の防具は全て丁寧に磨き上げられ、兎を模したと思われる緻密な紋様が彫り込まれていた。
おそらく生と死の竜バースだろう。
兜は特に装飾的で、彼女の髪色と同じブルーブラックのたてがみが屹立している。
ティミドゥスの装備は当然、長槍だ。
盾は持たず、腰にはグラディウスを差している。
俺と同じ篭手とすね当てを付け、面頬のついた兜をかぶる。
弱気な表情を面頬で隠せば、一人前の槍使いに見えるはずだ。
「さあ、行くぞお前ら!バカ!チビ!」
「応!」「はい!」
チームで戦う場合は指揮が混乱しないよう呼称をしっかり決めておくというカサンドラの意見には賛成したが…この呼び名はあんまりだ。
「世にも残酷な魔獣戦を楽しみにお集まりの酔狂な皆さん!お待たせしました!」
闘技場の方からかけ声が響く。
久しぶりの試合に気持ちが昂ぶるのを感じる。
怖いとは思うが嫌いではないのだ。
「クロネリア史上最強の魔獣闘士、彼女の連勝記録と命の鼓動を止める魔獣はいったい何処にいるのでしょうか!魔獣闘士カサンドラ!入場です!」
おおおおぉぉぉ!湧き上がる大歓声と共に、俺達3人の前の柵が上がる。
カサンドラは鞭を持った両手を挙げて歓声に応え、目にも止まらぬ早さでピシャン!ピシャン!と鞭を打ち鳴らしてみせる。
「vivat!(ヴィーヴァト!)」「vivat!カサンドラ!」「vivat!カサンドラ!」
カサンドラへの万歳コールが会場全体を震わせる。
前座だよなこれ…ライカやアンクラウスに全く引けを取らない人気ぶりだ。
彼女が仲間だと思うと本当に心強い。
そして当然のように俺とティミドゥスの紹介はなし。
そんな事だろうと予想はしていたが、俺だって少しは人気でてきたんじゃないの?と少し拗ねてしまう。
まぁ、政敵であるウェスパシア側の興行だから仕方ないかと無理矢理納得しておいた。
「では本日の主役の登場です!クロネリアよりはるか北方、北限のガルド海に潜む最悪の魔獣をご覧にいれましょう!鉄壁の装甲と、鉄をも切り裂く鋏を持つ魔獣カルキノス!入場です!」
通常の柵ではなく闘技場左手側にある、馬車でも余裕で通り抜けられそうな大きな柵が上がる。
ガシャ、ガシャ…
ゴツゴツとした巨大すぎる影が、金属を擦り合わせたような音を響かせてこちらに向かってくるのがわかり、本能に従って身構えた。
黒光りした全身鎧はところどころに赤みを帯び、光の反射からもゴツゴツしているのがわかる。
ギラッと光る2つの眼光がかなり高い位置にあることを確認して無意識に生唾を飲み込んだ。
3メートル近くあるな…でかいぞ。
武器を構えて待ち構える俺達の前に、のっそりと影から姿を現したのは、観光バスサイズの巨大なロブスターだった。




