47話 マジックスクロール
「ふむ、嫌な事を忘るために居酒屋で深酔いし、ついでに私への報告も忘れたと…そういうわけですか」
ううっ、二日酔いでガンガンする頭にリヴィアスの嫌味がビシバシ突き刺さる。
俺は朝イチで訓練所の客間に呼び出され、リヴィアスから延々とお説教を受けていた。
「いや、リヴィアスへの報告が嫌だったというわけでは…」
「ではなぜ忘れたのです?」
「め、目が覚めたらいい時間になってしまっていて…」「何かあれば、必ず報告するように伝えたはずですが」
「すみません。ですが、緊急というほどの内容だとは思っていませんでした…」
「ほぅ、ヘリオン君にとって魔獣戦は日常的な些事という事ですか?」
「あぁ、いえ、そういうわけでは…」
針の筵とはまさにこの事。
何を言っても嫌味が返ってくる。
二重の意味で頭が痛い。
「魔獣戦を組まれてしまったヘリオン君を心配して、大慌てで神殿に赴き、大金を寄進して魔法の準備をしてきたのですが、魔獣程度では動じない君には不要でしたか」
「え?魔法ですか?いります!必要です!ぜひご教授ください!」
まったく、と深いため息をつくリヴィアス。
「パトロヌスとは保護者という意味です。パトロヌスであり、後見人でもある私をもう少し信用して頼りなさい。そして報告しなさい」
すみません!反省しています!
お説教に一区切りつけたリヴィアスは、ここで話す内容ではないな、と逡巡した後に魔獣闘士地区へと歩を進めた。
カサンドラから客間を借り、俺とリヴィアスは向き合って座る。
「ヘリオン君、『religio』『baranca』『arcana』という言葉を知っていますか?」
先生、全くわかりません!
「この3つの言葉は魔術、魔法に触れる上でとても重要な言葉なので、必ず覚えてください」
「religioとは古代クロネリア語で、繋がりを意味する言葉です。大神、それに仕える古代竜との精神的な繋がりを表します」
確か、生と死の竜バースから愚痴を聞かされた時に大神に仕えている的な話を聞いたような気がする。
「religioを高める事でより多くの加護を得る事ができ、それによって魔法は発現し、効果も高まります」
religioは魔法の威力という事だな。
これは解りやすい。
「barancaとは、天秤、調和を意味する言葉です。魔法とは世の理、法則を書き換える事に他なりません。法則を書き換えた分だけ、歪みが生まれるのです」
barancaってバランスの意味か。
「身をわきまえ、barancaを崩さぬように気をつけなくては、たちどころに身を滅ぼす事になります。わかりましたか?」
調子に乗らないよう気をつけろという標語のような感じと理解しておこう。
「最後はarcanaです。これは神秘、秘伝という意味があります。魔法とは、竜とその巫女より認められ、加護を受けた者。そして加護を得たパトロヌスからクリエンテスにのみ与える事のできる秘法なのです」
つまり、弟子にしか教えられないようになっているわけだ。神殿が魔法を管理している事も覚えておこう。
「さらに、魔法を扱う者は守秘義務を課せられます。魔法に関する一切を、魔法の使用者及び、竜の巫女とパトロヌス以外に口外してはいけません」
「もし、口外した場合はどうなるのですか?」
「使用した魔法が術者に返り、二度と魔法を使えなくなります」
かなり厳しい契約内容だな。
せっかく教えてもらえる魔法が使えなくなったらたまらない。
魔法の事は、魔法を使える者としか話さない事!
「気をつけます!」
「よろしい」
「では、次に進もう」
リヴィアスはテーブルの上に一枚の羊皮紙を取り出した。
羊皮紙の上部にはトカゲの印章が描かれ、その周囲を雲、風、雷などの記号が取り囲んでいる。
これはサンダーを記した物だろう。
一瞬おはぎの事を思い浮かべたが本物のサンダー様に不敬だと思われても困るので、頭から追い払っておく。
「竜の加護を得たパトロヌスがクリエンテスに与える事ができる魔法。それがマジックスクロールです」
おお、ファンタジーの世界ついにきた!
「マジックスクロールには上段に、それぞれを司る竜の印章。中段には大神を称え、その古代竜に関連した祝詞。下段にはその竜の鱗や髭、爪などが縫い留められています」
リヴィアスの説明が小難しくなってきた…二日酔いの脳みそではそろそろ辛い。
「スクロールの使い方に入りましょう」
よかった!車の運転だって構造を聞くより実際に運転したほうが上手く乗れるわけだし。
説明より実践のほうが体調的にも楽だ!
「まずは大きな水瓶を想像してください。その水瓶には、自然エネルギーと人々の信仰が集められた水差しから絶え間なく水が注がれています」
弟子にしか伝えない秘伝の水か…俺は頑固おやじの経営するラーメン店のスープを想像する。
ちょっと間違えてしまったかもしれない…いまいち神聖さが足りていない気がする。
「その水瓶には錠が下りていて、余人では開ける事ができません。マジックスクロールはその錠を一度だけ開けてもらい、水を分けてもらう為の要望書のような物なのです」
ふむふむ、スープをもらうための要望書。
理屈はわかったぞ。
「スクロールを発動するには2つの言葉が必要となります」
戦闘中に使用する事を考えると短い言葉なのはありがたい。
「最初の言葉でスクロールの起動を行い、水瓶の蓋を開けてもらいます。
こちらは、お力を分けて頂く竜の種類ごとに決まっている古い北方の言葉、古代ルーン語を唱えます」
ルーン!
ファンタジーといえば古代ルーン文字!
楽しみになってきた!
「2つ目の言葉は、古代クロネリア語で唱えます。こちらは発現させたい効果や現象を単語で唱えるのです。
発現した際の結果を強く想像する事で、魔法は想像に合わせた形で発動します」
つまり、ファイアボールを使いたければ爆発の単語を唱えて、爆発を想像すればいいわけだな。
「religioの高さと術者の魔力で魔法の威力や効果には大きな差が生まれます。また、barancaを崩すほどの結果を望めば、その反動で術者や周囲に危険が及ぶ事になります。十分に注意して取り扱ってください。わかりましたか?」
「はい!十分に気をつけます!」
今日から俺も魔法使いか!
これでテンションが上がらないわけがない。
楽しみすぎる!
いや、剣闘士だから魔法戦士になるのか。
それもいいな、ニヤニヤしてしまうぞ。
「では、さっそく試し撃ちしてもいいですか?」「スクロールは1枚しか用意がありません。ですが、ヘリオン君が自腹でどうしても試したいというなら使ってみても構いませんよ」
自腹か…厳しいが、いざという時の事を考えると先に試しておいた方がいいと思う!
魔法使ってみたいし!
「リヴィアス、スクロールの値段はいくらです?」
「そうですね。神殿で1枚用意して頂くのにだいたい10000セステくらいでしょうか」
はあ?!10000セステって、完全に赤字じゃないか!却下だ!
「試し撃ちは諦めます」
ぶつけ本番が俺の信条だ。
行き当たりばったりで結構である。
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