46話 カルギスとの酒宴
ティミドゥスを魔獣戦に引き込んでしまった俺は罪悪感が募り、重い足取りで自宅へ向かっていた。
通りに出ると露店や居酒屋から食欲をそそる匂いと喧騒が聞こえてくるが、今の俺には少々煩わしい。
「どうしたどうした、辛気臭い顔して!」
ドカン!と派手に背中を叩かれ、びっくりして振り返ると友人第一号の大男カルギスが笑いかけてきた。
「久しぶりじゃないか!カルギス」
「おう、お前のおかげで最近忙しくてな。どうだ、一杯」
カルギスの大きな手に押されるようにして居酒屋へと連行される。
持つべきものは友人だ。
ここは一つ、吐き出させてもらおう。
「つまり、お前の助言が功を奏し、落ちこぼれが訓練士長に目をかけられて、次の試合が決まったわけだろ?」
本来、剣闘士が次の試合について聞かされる事はめったにない。
八百長防止の観点から、予定された試合についての詳細を身内であっても他言しないようトリトスさんからきつく釘を差されている。
俺は詳細をぼかしてカルギスに愚痴をこぼした。
「良く言えばそうなるんだが、本人の望まない試合に出る結果になったんだ…」
せっかくカルギスに会えたのに気分が上がらない。後悔の念を押し込むために盃のラク(蒸留酒)を一気に飲み干す。
「闘士が試合を望まないのは当たり前の事だ、ヘリオン」
肉串をかじりながら呆れたようにカルギスが言う。
「俺達は庶民が羨むような高給取りだ。その対価は命と選択肢。たとえ俺とお前が剣を交える試合が組まれたとしても断る事はできんよ」
俺とカルギスが剣を交える…考えたくもない話だ。
いや、一度試合をしたからこそ知り合えたわけだが…カルギスはそれも受け入れる覚悟があるのか。
この世界の価値観にだいぶ慣れたつもりになっているが、根っこの部分で俺はまだまだ現代日本人なのだろう。
さらに気分が重くなってしまったので話題を変える事にした。
「マンティさんにはうちのオドリーが本当に世話になってるよ。ありがとうな」
カルギスは優しげな笑顔を作り微笑む。
「オドリーちゃんは良い子だな。ニウスと二人で真剣に粘土板を読み、文字の練習も頑張っていたぞ」
そうそう、とカルギスは軽い調子で続けた。
「ニウスはそろそろ学校に行ってもいい年頃なんだが、体調を考えて家庭教師を雇おうと思う。よかったらオドリーちゃんも一緒にどうだ?」
オドリーを奴隷としてではなく、俺の娘のように扱ってくれるカルギスは本当に優しさの塊のような奴だと思う。
「ありがとうカルギス。ぜひ参加させてやってくれないか。それと、支払いは俺に払わせてくれ」
カルギスは難しい顔をして断ろうとしたがニウス君の薬代を考えるとこれくらいの事はさせてほしい。
彼の心遣いにはいつでも感謝しているのだから。
「そういえば、最近忙しいと言っていたがどうかしたのか?」
訓練所でカルギスに会えず、密かに残念に思っていたのだ。
「ん?そうだな。実は俺にパトロヌスがついたんだよ」
おぉ、これは朗報だ。
「おめでとう!これでニウス君も安心できるな」
「あぁ、お前の教えでフレイルを使い始めてから調子がいいんだ。そこで議員のお目に留まったというわけさ」
そうかそうか、俺も少しは役に立てたのか。
無力感に苛まれていた俺の気持ちが幾分軽くなる気がする。もしかしたらカルギスの奴が気を利かしてくれたのかもしれない。
「ついでに言うとな、訓練士長殿の推薦で次の試合に勝てば2番席次をいただけるそうなんだ」
カルギスが少し照れたように付け加える。
「2番席次とは凄いな…いずれ挑戦させてもらうよ」
「おう、次はこの前のようにはいかないからな!フレイルでぶちのめしてやる」
「おい、フレイルを最初に使ったのは俺だぞ?」「今じゃ俺のほうが上手いはずだ」
勝ったのは俺だ、俺のほうが、と取り留めのない酒宴はうやむやの内に幕を閉じ、べろべろに酔っ払った俺達は迎えに来たオドリーとマンティさんに小言を言われながら帰宅するはめになった。
「ご主人様、まっすぐ歩いてくださいませ。お酒を飲み過ぎですよ、もぅ」
「オドリー、御主人様方は剣闘士です。お酒の力が必要な時もあるのですよ。楽しそうで何よりですが、本日はさすがにお行儀が悪いですね」
オドリーの可愛い苦情もマンティさんの優しい苦言も心地良い。
俺も゙カルギスと同じように覚悟を決めようじゃないか。
この優しい人達を守るために命と選択肢を賭けるのだ。
今夜くらいは剣闘の事を忘れて、彼らとの楽しい夢を見ながらぐっすり睡眠を取ろう。




