45話 バルディッシュと3人目
中庭から出た俺は武器庫へと案内されていた。
リヴィアス邸で歓待を受けた時の食堂に位置する部屋だ。
カサンドラはこちらを振り向くことなく、独り言のように小さく口を開いた。
「北に生息し、巨大で全身を鎧に包んだ魔獣。まずはこの情報から相手の予想をたてる」
「全身鎧を着た巨人…とか?」
「巨人の生息地は主に東のパルテナスだが、まぁいい。鎧の巨人が相手なら、お前はどう戦う?」
デカいやつとの戦いといえばスピードで翻弄するのがセオリーだろう。重たい鎧や武器を持つ相手ならスタミナ切れを狙うのも良策だ。
俺の答えに、フンと鼻を鳴らして小馬鹿にするカサンドラ。
「人間相手ならそれでいいさ。だが魔獣のスタミナは無尽蔵だ」
スタミナ切れは期待できないのか…
「スピードで勝負するにしても鎧を貫通するか、破壊しきるだけの威力も用意しなくちゃならない」
貫通力、攻撃力特化と言われて俺がパッと思いつく武器は、戦斧、ハルバード(槍斧)、エストック(刺突剣)そのあたりか。
それらを思い浮かべながら、カサンドラの武器庫を見渡してみる。
おおっ!戦斧があるぞ!
ザビア訓練士長からは、試合の度に人が死んだら大変だから置いていないと言われていたが…確かに魔獣戦なら威力はいくら高くても問題なさそうだ。
ようやく出会えた戦斧に嬉々として近づき、触れてみる。これは『バルディッシュ』じゃないか。
姉ちゃんの博物館巡りにつきあわされていた時分に現物を見た事のある凶悪武器だ。
バルディッシュは16世紀頃、ロシアがシベリア征服に進出していた時期の武器で、刃幅60センチ強の巨大な三日月型の刃を持つ『まさかり』のような斧といえば想像しやすいと思う。
柄は150センチ程。柄との接続部(斧へり)の他に刃の下部も柄と接続されていて、がっちり固定されている。
騎乗用というよりも歩兵の大型武器といった雰囲気だ。これなら巨人でも魔獣でも十分なダメージを望めるはず。
それにしても、16世紀の武器がなぜここに…
訝しい気持ちと、その形状から想像される破壊力に吸い寄せられてしまう。
手に取ってみると驚くほどしっくりきた。
フランキスカ(手斧)の時もそうだったが、ヘリオンは斧に強い思い入れと経験があるようだ。
対人の試合では使えないのだからたまには使わせてあげたい。
貸してもらえないかなと、チラッとカサンドラの様子を見ると…バルディッシュをベタベタと触る俺をジト目で睨んでいた。
ちょっと怖い。
「その斧は私とキュクロの思いつきで作った特注品だが、ずいぶんと気に入ったみたいだな」
「あぁ、手によく馴染む。よかったら…」貸してくれないかと言い終わる前にカサンドラが遮った。
「あんたがぶっ殺された後に拾うからいいさ。生きてる間は貸してやる」
彼女は本当に自分しか生き残れないと思っているようだ。絶対生き残って一生使い倒してやる!
見てろよ!
「ありがとう。末永く借りておく事にするよ。ところで、俺とカサンドラ、あと一人は誰になる予定なんだ?」
カサンドラは頭をガシガシと掻いてつまらなそうに答える。
「誰でも関係ない。生贄だよ」
そういえばティミドゥスが魔獣闘士の事を生贄だと言っていたな。
「つまり落ちこぼれの闘士が選ばれるわけか」
「そう、生贄が食われてる間に反撃の糸口を掴む。それが魔獣戦のセオリーさ」
これは、思った以上にえげつない戦いになりそうだ。
「あぁ、もう一つ勝利のコツを教えてやる」
情報収集については正直に凄いと思った。
カサンドラの教えはきっと役に立つはずだ。
俺が少しだけ楽しみにして答えを待っていると、彼女は一呼吸置いて一段低い声で口を開く。
「生贄が食われそうになっても絶対に助けるな」
カサンドラは試すような眼差しで、じっと俺を見据える。
「お前がその戦斧を振るうなら主力はお前だ。主力の仕事は1秒でも早く魔獣の戦闘力を奪う事。でないとこっちが全滅しちまう。いいな?生贄は絶対に助けるな」
俺は覚悟を決めて、強く頷きを返した。
主力武器が決まったところで今日の予定は終了。明日からは午後の訓練をここで過ごす事になる。
カサンドラに礼を伝え、魔獣闘士地区をあとにした。
「ヘリオンさん、お疲れ様でした。彼女とはうまくやれそうですか?」
迎えに来てくれたトリトスさんと執務室に入る。
そこにはザビア訓練士長が待っていた。
「お待たせしました訓練士長。お二人に集まっていただいたのは、4日後に控えた魔獣戦における3人目の闘士を決めるためです」
3人目!生贄を決める会議かと思うと気が重くなる。
できれば俺のいない所で勝手に決めてほしかった…
「若旦那、候補は決まっていますか?」
訓練士長の質問にトリトスさんが1枚の羊皮紙を取り出す。
「ええ、マーメル、プブノス、ティミドゥスの中から決めたいと考えています」
やばい、ティミドゥスが候補に上がっている。
これはなんとかして俺が止めないと。
このままでは、せっかくできた友人がいきなり魔獣に食べられてしまう。
「間引きという観点で見るならマーメルがよろしいでしょう。奴は右肩を負傷して以来、戦意を失っています」
訓練士長が淀みなく意見を口にする。シビアだ。
わかっていたはずだが人の命が軽い。
「戦績の点ではプブノスのほうが見込みがないと思いますが、マーメルはもう立ち直れそうにありませんか…」
トリトスさんも俺には優しいが経営者だ。
実際に命をやり取りする現場より、この話し合いの場の方がよっぽど気分が悪い。
ため息をひとつついた後、トリトスさんがティミドゥスの名前に目を落とす。
ティミドゥスをこの試合に出すわけにはいかない!
「あの…ティミドゥスは今、訓練士長から個別に訓練を受けています!」
そう、彼は今コストを掛けて育成中なのだ。
魔獣戦で浪費するなんて勿体ない!
トリトスさんは、ほぅと関心を示して訓練士長に目線で説明を促す。
「その通りです。ティミドゥスはヘリオンの見立てで長槍使いとして、私が集中的に訓練しています」
「見込みはありそうですか?」
「彼は自ら訓練を依頼し、私が課したスケジュールをこなしています。期待しても良いでしょう」
訓練士長のお墨付きもでたぞ!
ティミドゥスやったな!
「わかりました。では彼の成長を期待し、3人目の闘士はティミドゥスにしましょう」
へ?今なんて?
「あの、ティミドゥスは期待できるのに魔獣戦にだすのですか?」
うむ、と強く頷く訓練士長。
「奴はなかなかの意気込みを見せているぞ」
「それはいい。ヘリオンさんを死なせるわけにはいきませんからね。3人目とはいえ、良い働きのできそうな者が見つかってなによりです」
魔獣戦に出たくないから訓練したのに、訓練したせいで魔獣戦に出る羽目になるとは、なんて間の悪い…ごめんよ、ティミドゥス。
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