43話 嵌められたダモン
ぎ、ぎもぢいぃぃ…
「ああぁぁぁうぅぅぅ…」
ティミドゥスの長槍訓練に付き合うようになって三日。
初日はティミドゥスがヘトヘトになりながら1000回突く間に俺はスパタ(長剣)を2000回振る事になった。今日の俺は1700回。
ザビア訓練士長の超絶細かい指導のおかげでティミドゥスの姿勢、構え、呼吸、間の取り方、全てが矯正される。
おかげで短期間のうちにだいぶ様になってきた。
俺達の計画に快く協力してくれる訓練士長には感謝だ。感謝はしているがいつか仕返ししてやりたい。
訓練でボロボロになった俺は下級剣闘士の福利厚生を利用してマッサージを受けている最中である。
ぐうっ、ぐっ、ぐっ、うぅぅ…
「はあぁ…」至福の時間だ。
ああぁ、肩甲骨の隙間をグリグリしてくるとは、よくわかっていらっしゃる!
(匠、変な声をだすのを止めろ!)
きたきた。
マッサージは最高だが、なにも体をほぐすためだけに受けたわけではない。
宝石を手放してしまった事をヘリオンさんに謝罪したかったのだ。オドリーの為とはいえ、すまなかった。
(む、なに、気にする事はない。私にもエイレーンという大切な妹がいるのだ。オドリーを助け、養うのは私にとっても幸福な事だ)
それはよかった。
改めてヘリオンに感謝の念を伝える。
(それはそうと匠よ、この前の敵はなんだ。もう少しまともな相手と戦わなくては体がなまってしまうぞ)
強い敵と戦いたいって…バトル漫画の主人公じゃないんだから。インフレバトルなんて御免被りたい。
(縛りを入れて戦うにしても限度がある。次は歯ごたえのある奴とやりたい。頼んだぞ!)
歯ごたえね。マッサージも終わった事だし、俺もそろそろ5連戦に向けた準備を始めようと思う。
そんな矢先、マッサージ室を出た俺に血相を変えた訓練士が走り寄ってきた。
「おぉ、ヘリオンここにいたか!旦那様から緊急の呼び出しだ!急ぎ、執務室に」
緊急?なんだろう。
訓練士に礼を伝えてダモンさんの元へ急ぐ。
「失礼します。ヘリオンです」
ダモンさんの執務室に入室するとそこには、執務机で頭を抱え、苦虫を噛み潰したような表情のダモンさん。
青筋を立てて詰め寄るトリトスさんが待っていた。
「お呼びと伺い、参りました。どのような要件でしょう」
ダモンさんがチラッとこちらを見上げて、深いため息をつく。
「ヘリオン、お前にはすまない事をした。5連戦の興行を西のウェスパシア訓練所に持ち込んだ際に、いくつかの条件をつけられたのだ」
「明らかにお前を主役にした興行となる以上はあちらにも相応の利が必要となる」
それはそうだろう。引き立て役を頼むなら最初から足元を見られるのも仕方がない。
「こっちとしてはかなり譲歩した利益配分を提示してやったのに…ぐぬぬ、ウェスパシアの奴め!」
激昂したダモンさんに冷ややかな視線を送り、トリトスさんが説明を引き継いだ。
「契約条件の一つに“ヘリオンさんを前座試合に一度出場させる”というものがありました。それ自体は闘士の実力を計るという目的から、さして珍しくもないのですが…」
トリトスさんは一度言葉を切り、契約書を指でトントンと叩く。
「前座試合にも色々な種類があるので詳細を詰めずに契約をしてしまうと大変な事になるのです」
「あ、あいつめ!前座試合に魔獣戦を組みおった!」
怒りに顔を真っ赤に染めたダモンさんが手元の羊皮紙を握りつぶしながらうめいた。
へ?
魔獣戦て…闘士が生贄になるっていう…ティミドゥスじゃなくて俺がでるの?!
呆然とする俺に同情の視線を向けてくるトリトスさん。
「父さんが罠に嵌められてしまいました。申し訳ありません」
いやぁ、謝られても…ねぇ。
「魔獣戦は経験がありません。知識や対策を練るには誰を頼ればいいでしょう」
冷静になれるわけはないが、予想を超えた自体に頭が一気に冷えるのがわかる。
一刻も早く対策を山ほど用意して備えなくてはいけない。生き残るために。
俺が取り乱さない事に安堵してトリトスさんは安心したようだ。
「うちには腕のいい魔獣闘士がいますので、すぐに紹介します!」
トリトスさんに連れられ、訓練所北側にある管理棟を出て中央広場へと向かう。
訓練所内の施設は広場を中心にして十字に配置されているので覚えやすい。
大雑把に説明すると北が管理棟、西が出入りの門、東が奴隷剣闘士の居住区、南が鍛冶工房と武器庫だ。
トリトスさんは中央広場を突っ切り南側、鍛冶工房の脇から伸びている小道へと進んでいく。
魔獣闘士の地区は南東側、奴隷居住区に沿った先にあるようだ。
高い鉄柵の門を通り抜けると、そこは緑豊かな植物園のようになっていた。
各所に配置された獣用と思われる大小の檻と、ツンと鼻につく糞尿の匂いが植物園ではなく獣舎である事を主張している。
獣舎の最奥、大きな石造りの建物の中に入る。
古びているがリヴィアスの自宅と同じような作りだ。中庭を抜け、執務室の前に立つ。
「カサンドラ、トリトスです。入りますよ」
扉を開けると、眼前に飛び込んできたのは床に寝そべる巨大な白い虎と執務机に足を乗せてくつろぐ、妙齢の美女の姿だった。
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