42話 ティミドゥスの指導
戦争の再開をゴズウェルとリヴィアスと共に防ぐ!
我ながらチョロいと思うが、使命感に燃えた俺は真剣に訓練に打ち込んだ。
3日間程は…
いやぁ、大きな目標を見据えて努力できる人は凄い!それだけで尊敬する。
正直2日目の途中くらいから「あ〜、俺が寝てる間にヘリオンさんが上手いことやっておいてくれないかな~」くらいの気持ちでした。
すみません。今はほどほどに頑張っています!
真面目に訓練に打ち込んだ事で良いこともあった。
ダモンさんに何度も呼び出され、ザビア訓練士長からマンツーマンでしごかれ続かれている俺は基本的にぼっちだ。
俺は別に孤独を愛しているわけではないので、まぁまぁ寂しかったりする。
そんなぼっちの俺になんと、新しい友達ができたのである!
彼の名はティミドゥス。16歳の奴隷剣闘士。
元鉱山奴隷でトリトスさんに拾われたらしい。
戦績は0勝3敗。
体は丈夫だが線が細く、生来の気の弱さもあってなかなか勝てない。そんな彼が、おどおどしつつも必死さを滲ませて尋ねてきた。
「どうしたら勝てますか?」と。
どうしたら勝てるかと聞かれても、正直全くわからない。むしろ俺が知りたい。
なんせ今までなんとか生き残ってこれたのは全てヘリオンさんのおかげなのだから。
「3番席次!どうかご指導をお願いします!」
そう、俺はこの前の妙に突っかかってくる奴との訓練試合に勝った事で訓練所内の序列3位になった。
それによって報奨金が上がったのはいいのだが代わりに責任も増えた。訓練士の補助業務である。
ザビア訓練士長いわく「午後の戦闘指導及び、適切な助言を訓練士の意図から逸脱しない範囲で行うように」との事。
勝ちたい、強くなりたいというのは闘士にとって当たり前の事だが、半泣きで懇願してくるティミドゥスの必死さが気になった俺は理由を尋ねてみた。
「俺にはもう後がないんです。次に負ければ魔獣闘士に落とされちまう…」
ティミドゥスの話によると前座の一つに魔獣戦というものがあるそうで、各地から集められた珍しい魔獣との戦いを専門に行うのが魔獣闘士だそうだ。
専門といっても多くの魔獣闘士は初戦で死亡する。
魔獣戦の主役はあくまで魔獣であり、生贄ともいえる魔獣闘士には戦績の悪い落ちこぼれが選ばれる。そりゃあ、なりたくないよな。
「本気で取り組む気があるなら協力するよ」
「ヘリオンさん、ありがとうございます!俺は本気です。よろしくお願いします!」
彼の真っ直ぐな向上心と悲惨な現状に心を打たれた俺は、一も二もなく快諾した。
素直に慕ってくれる後輩には真摯に応えてやりたい。
さっそく、ティミドゥスの魔獣闘士阻止作戦を始めようじゃないか!
まずはティミドゥスの体格だ。
身長、普通。
手足の長さは、普通。
筋力、少なめ…
「得意な武器は?」
「あ、ありません…」
ティミドゥスよ、君は剣闘士に向いてないんじゃなかろうか…
身長も体格もパティア大使といい勝負なんじゃ。
俺の頭の中でパティア大使の可憐な笑顔が脳内再生される。
はぁ…またお会いしたいなぁ…おっと、違う違う。ん?パティア大使、そうか!
「よし!サリッサにしよう!」
「サリッサって…なんです?」
そうと決まれば向かう先は一つだ。
協力するとは言ったが俺に指導の経験なんてない。プロに任せるのが一番だろう。
「サリッサとはまた、珍しい武器を選んだな」
訓練のプロといえばこの人。
ザビア訓練士長である。
訓練士長は苦い顔をして答えた。
「あれは重装歩兵が使うファランクス用の武器だ。剣闘士の武器ではないぞ」
「では、この訓練所にある一番長い槍を貸してください」
「ふむ、ちょっと待っていろ」
そういうと訓練士長は武器庫の天井を見上げ、むき出しの梁に掛けてある3メートルほどの長槍を引っ張り出してくれた。
「これは、ハスタ(長槍)と言う。かつてクロネリア帝国の重装歩兵が使用していたが、ピルム(投擲槍)に取って代わられた伝統的な長槍だ」
ティミドゥスはハスタの長さに目を丸くしている。
「ま、まさかこれを俺が使うのですか?!」
チラリとティミドゥスを一瞥する訓練士長
「今では一部の古参兵、古強者しか手にしない武器だが…」今度は俺の方を見る。
「こいつに扱えるようになると思うか?」
「そうですね。扱えるというよりも、選択肢があまりないのです。ティミドゥスは体格に恵まれていません。皆と同じグラディウスでは押し負けるでしょう」
確かに。と同意を示して頷く訓練士長。
「かといってスパタ(長剣)では振り回されます」
「そこでハスタというわけか。理には適っているし、かなり目立つ。起死回生の一手としては悪くないだろう」
いい感じだ!俺の見立ては正しかったようだ。
「いいだろう。ティミドゥス、私がお前をまともな長槍使いに育ててやる」
「え?、あ、はい!よろしくお願いします!」
よしよし。
訓練そのものは訓練士長にうまく引き継いだ事だし、これで俺の役目は終わりだ。
ティミドゥス君、俺の代わりに地獄のマンツーマン特訓を頑張ってくれたまえ。
無事にひと仕事終えて、晴れやかな気持ちで武器庫を去ろうとした俺に向かって冷ややかな声が飛んできた。
「ヘリオン、お前が引き受けた指導だろう?ティミドゥスが槍を突いている間、お前は隣でスパタを振れ」え、俺もやるの?




