41話 ゴズウェルとリヴィアス
「では本題に入ろう。君が一番気にしているゴズウェルさんの役割と安否についてだったね」
そう、俺はそれを知るためにクリエンテスになったはずだ。
「安心してくれたまえ。彼は無事だよ。むしろぴんぴんしている」
ふうっ、と安堵の息が漏れる。
言葉だけでもゴズウェルが無事と聞くだけで、ざわついていた心が静まるのがわかった。
「リヴィアスの言葉を信じます」
「ゴズウェルさんと私はチームなんだ」
リヴィアスはいつもの営業スマイルとは違う、優しげな表情で二人の役割を教えてくれた。
「君はオドリーという奴隷を所有しているね。そして私は君のパトロヌスだ。クロネリアにおいては誰もが誰かの奴隷と言える。皇帝陛下さえも。
そしてゴズウェルさんと私のパトロヌスは帝国宰相クラウディ公、その人だ」
少し哲学的な言い回しではあったが、クラウディ公が二人の上司という事なのだろう。
クラウディ公の名前はトリトスさんの訓練所の説明でも出てきた。俺の所属するブルトゥス訓練所はクラウディ公派だと言っていたな。
「ゴズウェルさんが見込みのある戦士を見つけ、私が世話をして育てる。これが私達に課せられた役割なのさ」
「なぜ戦士を育てるのです?その戦士の役割は?」
リヴィアスはここにきて初めて言い淀んだ。
どう言えば理解してもらえるか、言葉を探すようにゆっくりと話を再開する。
「皇帝を推すクラウディ公派と元老院を推すシディウス伯派の勢力争い…こんな話を聞いた事はないかね?」
「訓練所で少しだけなら」
「そのニ派閥が今、何を争点に争っているかまでは知らないと思うので教えよう」
せ、政治の話は苦手だ。
簡単に分かりやすくお願いしやす。
「簡潔に言うと戦線の拡大、侵略戦争の再開が争点になっている」
リヴィアスの説明は分かりやすいが…政治の次に戦争の話とは…現代日本で平凡に生きてきた身としては正直なところ、ピンとこない。
「シディウス伯派は戦争の再開を求めている。目下の目標は地上海の外にある資源。
対して我々クラウディ公派は地上海の統一で満足すべきという考えだ」
我々は既に血を流しすぎている…と彼は小さく悔しげに呟く。
「このニ派は戦争の再開を巡って議会で激論を交わし、闘技場では民衆人気を審判にした代理戦争を続けているのだよ」
剣闘士を現代のスポーツ選手に置き換えるとして、広告塔という役割までなら受け入れられたが、まさか国の重要な動向を剣闘士の強さで決めるというのは、さすがにむちゃくちゃな話だ。
戦争代理人なんて重大な役を引き受けた覚えはないぞ…血の気をなくして絶句する俺に向かって、リヴィアスはいかにもたいした事ではなさそうに声をかけてくる。
「君の活躍に期待している」
その時、彼の表情はいつものニッコリ営業スマイルに戻っていた。
すっかり食欲をなくした俺を前に、リヴィアスは気持ちよさそうにワインを飲み干してみせる。
肝が据わっているなと、ほとほと感心するよ。
彼の責任はおそらく俺よりもずっと重いはずなのだから…
「本当はゴズウェルさんをここに呼んで感動の再会といきたかったのだが、彼は私以上に多忙でね」
ゴズウェルといえば、以前から少し気になっていた事があった。この機会に聞いてしまおう。
「あの、ゴズウェルは昔、剣闘士時代に筆頭剣闘士だったと聞いています。それほど優秀な彼が何故、牢番なんてやっているのか教えてもらえませんか?
クラウディ公の直属に付いて『見込みがある戦士を見つける』という目的であれば、軍人や訓練士長のような立場でも問題ないように思うのですが…」
「君はこちらが濁しておきたい事ばかり、ズバズバと切り込んでくるな」
さすがはゴズウェルさんの見出した闘士だ、などと冗談めかしているが目が笑っていない。
「少々プライベートな話題なので、あえて濁した表現をするのは許してほしい。
ゴズウェルさんには生き別れた娘さんがいてね。
その娘さんを見つけるためには、ある程度自由に動ける身分が必要だったのさ。
さらに詳しい話は本人から聞いてくれたまえ」
ゴズウェルに娘がいたとは…
複雑な事情を察して、この話はここまでにしておこう。
「予定よりもこの話題に夢中になってしまったようだ。魔法については後日にしよう。連戦の前に与える事は約束するよ」そう言うと給仕が速やかに後片付けを始め、退出を促された。
「ヘリオン様、こちらをお持ちくださいませ」
見送りにでてくれたティティオさんから、セステリウス硬貨の入ったずっしりと重い皮袋、香辛料とフルーツが盛られた籠を渡される。
「こ、これはなかなかの重さですね」
「はい、5000枚入っております。お気をつけてお帰りくださいませ」
セステリウス青銅貨は日本の100円玉と同じくらいの重さだ。1枚4.8グラム。掛ける5000枚…しめて24キログラム!
こ、これが戦争を水際で止める役への対価!
俺は重すぎる責任と硬貨を背負って、えっちらおっちらと帰宅した。
執務室のドアが開き、静謐な雰囲気を纏った銀髪の女性が入室する。
「いかがでしたか?彼は」
「サンダー様のお気に入りと伺っておりましたが、素質はあるように見えましたわ」
彼女は時と空間を司る竜レガシーを祀る、竜の巫女メルクリウス。
異空間の獄舎をゴズウェルに貸し与えたのは彼女だ。
「そうでしょう。私もゴズウェルも推薦する最有力候補ですよ」
「嵐の如き激しさと青空のように澄みわたる2つの魂を持つ者。ホラティウスの意志を継げるかもしれませんね。しかと心に留め置きましょう」
2つの魂?
メルクリウスは信託を授かる巫女だ。
難解な言い回しはいつもの事。
「リヴィアス、よかったのですか?その先の話をせずに…」
「彼はすでにいっぱいいっぱいでしたよ。これ以上のプレッシャーは不要かと存じます」
「そうですか…では楽しみに待つといたしましょう。かの者が、定まりつつある運命の糸を断ち切るほど強くなる日を」
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