32話 マンティの新しい仕事
私の所有者であるカルギス様は最近特にご多忙なようであまり自宅に戻られません。
懇意にされているアウロ議員の邸宅へと招待され、歓待を受けているそうです。
これはご主人様のような剣闘士にとって光栄な事であり、試合と同様に重要な仕事でもあります。
スポンサーとの関係はどんな仕事でも良好にしておかないといけませんものね。
私に与えられた一番の仕事は、ご主人様のご子息であるニウス坊っちゃんの側仕えです。
一家の内政の全てを任される証として、家と金庫の鍵を与えられておりますが、その全てにおいて坊っちゃんの健康を優先するよう言いつけられております。
ニウス様は体がとても弱く、あまり外にも出られません。健康や食事に関しては私が責任を持って管理させていただいておりますが、心配な事が一つございました。
それは同年代のお友達がいない事です。
悲しい事にクロネリアの子供の生存率は決して高くはないのです。
10人の赤ん坊の内、病気に負けず無事に5歳を迎えられるのは5人か6人くらいでしょうか…
ニウス坊っちゃんは今年で7歳。
この歳まで育てば、生と死を司る竜バース様が早々にお迎えにくる事はないでしょう。
坊っちゃんの生活を任されている者として、そろそろお友達が欲しいと考えておりました。
共に笑い、共感し、学ぶ事は、健全な心を育むのにどうしても必要ですもの。
そんな事を考えていた矢先、ご主人様のご友人の剣闘士ヘリオン様がいらっしゃいました。
ヘリオン様は猛々しい赤毛を持つ見目の良い方で、大きな体の印象とは反対に教養と礼節を感じさせる不思議なお方でした。
私はパルテナス自治区で教養を学びましたが、あの方はどこで教育を受けたのでしょう。
ヘリオン様は坊っちゃんに外国の冒険譚をお話くださり、坊っちゃんはすぐにヘリオン様と仲良くなりました。
ありがたい事だと大神に感謝していると、次の日にはヘリオン様が隣に引っ越して参りました。
ええ…目が飛び出るほど驚きましたとも。
私がびっくりしていると、ヘリオン様は奴隷を所有していないので家事手伝いがいなくて困っていると言うではありませんか。
ニウス坊っちゃんのお気に入りでもある主人様のご友人に、私が一肌脱いで差し上げなくてはと家事を申し出るとヘリオン様は大げさなほど喜び「半月分の食費だ。契約料として受け取ってくれ」と言って300セステを押し付けるようにして、私に渡しました。
300セステは半月分などではありません。
4人家族でも半年は食べていけるでしょう。
もしかしたら彼は地方の貴族か王族だったのかもしれません。
こうして私はヘリオン様の家事手伝いという副業を得ました。ご安心ください。
クロネリアの奴隷には副業も蓄財も正式に認められているのです。
その翌日、坊っちゃんの夕飯を終えて後片付けを済ませた頃でしょうか。
隣室からドカドカと騒音がしたと思ったら「ひゃああぁ!」と少女の叫び声が聞こえてきました!
ヘリオン様は少女に無体をするようなお方とは思えませんでしたから、これまた大変驚きました。
今度はなんと家に空き巣が入り、それを捕まえたと言うではありませんか。
空き巣に入った少女オドリーの話を聞けば、同情して買い上げたいとおっしゃる…
なんといいましょう。
嵐のように騒がしく海のように優しいお方です。
私が奴隷の買い上げ方を説明するや、ヘリオン様はオドリーを連れてすぐに交渉へと向かい、その日のうちにオドリーを買い上げてしまわれたのです。
決断の早さと行動力には目を見張るというか、目を回してしまいそうになります。
その日から私にはもう一つ仕事が加わりました。オドリーを家内奴隷として訓練し、家政を任せられるようにしっかりと育てあげる事。
ヘリオン様は私にさらに報酬を与えようとしましたが、これ以上はさすがに受け取れません。
すでに多すぎるくらいですから。
まずはオドリーをお風呂に入れなくては。
初めて見かけた時から、顔にはださないようにしていましたが少々臭いましたもの。
あのままではニウス坊っちゃんに会わせるわけにもいきません。
しっかりと身奇麗にして、可憐でしとやかで働き者の娘にしてさしあげましょう。
私達の住むインスラには一階の離れに浴場があります。
奴隷は公衆浴場を利用できません。
こういう時、インスラに浴場が併設されているのは本当に助かります。
私はオドリーを3度洗い、香油で丁寧に頭と体を磨き、時間をかけて歯と口腔を掃除しました。
噛み付いて敬遠される前は富裕な主人のお気に入りだっただけの事はあり、オドリーは顔立ちの整ったとても美しい娘。
健康状態を回復させ、肌と髪を整えるだけで市民でも小豪族の娘でも通るでしょう。
「隣のおばちゃん、ありがと」
いけない、言葉遣いも直さなくてはいけないようですね。
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