28話 訓練所の長い1日 後編
クロネリア帝国は『地上海』と呼ばれる内海地域の統一を果たした超大国。
帝国本土である半島を皮切りにして東の大国ドニアス、海洋交易国家カルド、都市国家同盟パルテナス等を次々と呑み込み、属州化してきた。
当然その影響は少数部族、亜人や魔獣にも及ぶ。
好戦的なライカンや巨人族を滅し、商才のあるコボルトを脅し、美しいエルフをはべらせ、ドワーフに鍛冶技術を差し出させた。
滅ぼされた種族は綺羅星の如くで、その全てを覚えている者はいないだろう。クロネリア帝国は人間のための楽園なのだ。
新人のヘリオン、奴の肉体は一流と言える。
パルテナスの巨人族やミノス族を彷彿とさせるがそこまでの巨漢ではない。
左肩を傷つけたはずだが試合を終えた時には完治していた。あの回復力はライカンを除いて本土や東側では見られない特徴で、特定の一助となる。
グラディウスの扱いが下手くそなのは直剣に慣れていないせいだ。
おそらく主武装がファルカタか、鎌、斧なのだろう…奴はグラディウスの切先20センチほど前に刃があるつもりで打っている。
だから当たらないのだ。
剣によるコンビネーションをろくに知らないのもこれで説明できる。丸盾で牽制し、斧による強烈な一撃を旨とした戦法の使い手。
これらの特徴をつなぎ合わせれば自ずと答えが導き出せた。クロネリア帝国の遥か北、ガルド海を根城にする海賊にして傭兵。
北の言葉で『湾』を意味する名を持つ少数部族ヴィーク族。彼らの戦士はヴィークルスと呼ばれ、類まれな勇猛さと超常の回復力を持っている。
帝国では『バーバリアン』と呼ばれている希少種だ。おそらくだが帝国北部、ゴードル王国との戦争で傭兵として参加していたのだろう。
こいつは逸材に違いない。
徹底的に鍛え上げ、筆頭剣闘士へと育て上げてやる。
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訓練士長との模擬戦を終えると、昼食になった。
げんこつをもらったせいで頭がクラクラする。
メニューはフォカッチャとプルス(大麦の粥)。
プルスは初めて食べたが、塩味が効いていて思いの外美味くて食べすぎてしまった。
鰹節と醤油が恋しい。
午後は座学からスタートした。
ザビア訓練士長が闘士を一人立たせると、首や手首、内もも等に赤、黄、青の染料を筆のような物で塗りつける。
「いいかお前ら!赤の部分は致命傷だ。切れば大量の血が吹き出す。黄はひどく痛む箇所で長期戦に有効だ。青は…」
いかん、食べすぎた。
眠すぎて意識が持っていかれそうになる…そうだ!
三角座りなら寝てもバレないんじゃないか?
三角座りでこっくりこっくり舟を漕いでいたら、訓練士長からむちゃくちゃ睨まれた。
その後は行進の仕方、闘技場での所作を教わり、所属や専門に別れて訓練を受ける。
野獣との戦い方を学ぶ野獣闘士、弓を習う弓闘士、楽器隊なんていうのもあって少し和んだ。
案の定、眺めていたら怒鳴られたが。
俺はというと、ザビア訓練士長に呼び出されて武器庫に来ていた。マンツーマンとか全く望んでないんですけど…これは居眠りの罰か。
「ヘリオン、お前の出自を聞いておきたい。私の見立てでは帝国北部のさらに北の海に住むヴィーク族『バーバリアン』だと考えたがどうだ?」
どうだ?って言われてもな…そうなの?としか…
ヘリオンさん、そこんとこどうなんです?
予想通りの音信不通である。
どうやら、無心や無我みたいな状態でないと連絡がつかないらしい。
「へ、へぇ、そうだったのですね。知りませんでした」「賢いな、隠すのか」
訓練士長がニヤリと笑う。
どう見ても悪人顔だ。
「ならば、これを持ってみろ」
訓練士長が手斧を渡してくる。
「こいつを壁にかけてある模擬盾に投擲で当てるんだ」
むむむ、距離は15メートルから20メートルくらいか。模擬盾は直径30センチ程度の円形。
矢ならともかく斧でというのはさすがに無茶だと思うが…手斧を握りしめ、腕を上げて構えた瞬間。
(ほぉ、フランキスカか。私はフランキスカ投げの名人だったのだぞ。任せよ!)
え?ヘリオンさん?突如、体温が急上昇し、アドレナリンが脳内を駆け回る。
グッと呼吸を止め、体の振動を最小限に抑えた集中が始まる。
パッと息を吸い込んだと思ったら、とんでもない大音声が武器庫を震わせた。
「URAAAAAaaaaaaaa!」
これまでに使ってきたどの武器よりも手慣れた、なめらかな動作で内心焦る俺を置いてきぼりにして、ヘリオンは手斧を投擲する。
まるで矢のような速さで手から放たれた手斧は、ゴウッ!という音を耳に残し、呆然とする俺と訓練士長の目の前で20メートル先の模擬盾を真っ二つに割り、壁に深々と突き刺さっていた。
「これほどとは…」
呆然と壁を見つめながら訓練士長は感嘆の声を絞り出す。
対してヘリオンは、フフンと自慢げに鼻を鳴らし、これでもかと胸を張っている。
おいおい、こんなにノリノリで大丈夫か?
この後の対応するの俺なんだけど…
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