27話 訓練所の長い1日 前編
訓練士長ザビアの朝は早い。
朝4時に起床すると、門番から奴隷の逃亡などの不始末がないかを尋ね、その足で広場の鉄柵に破れがないか点検してまわる。
模擬戦を行うための広場では実剣も扱う。
剣奴が反乱を企てるとしたらこの広場だろうから入念に確認が必要だ。
次は広場の横に併設された炊事場へ足を向ける。
ここは女達が朝食と昼食の為に煮炊きを行う火元であり、包丁などの武器になる物が山ほどある。
しっかりと確認せねば。
火元といえば訓練所の端にある鍛冶工房も注意が必要だろう。
鍛冶師長のキュクロは帝国が滅ぼしたドワーフ族の生き残りだが、共に盃を酌み交わす気のいい仲間だ。
あいつなら火元の管理も問題ないはず。
いやいや、仕事に私情は厳禁。
やはり見回りは必要となる。
最後は私の管理する武器庫だ。
大盾、丸盾、直剣、長剣、曲剣、様々な武器防具がひしめいている。
これをひとつひとつ、変形や壊れはないか、刃こぼれしていないか、数はあっているかを確認していく。
武器に囲まれた静謐な時間をしばらく過ごした後は、剣奴共を叩き起こす時間だ。
奴隷の住居棟は一階が風呂とトイレ。
居住スペースは地階にあり、天窓には鉄格子がはまっている。
足元に続く鉄格子を訓練用の木剣でリズム良く叩きながら地階への階段へと進めば、階段を降りる頃には連中は整列して私を迎える。
ここで起きてこない者に食事はでない。
点呼を終えて炊事場へと向かう。
炊事場では女達が朝食を用意して待っている。
メニューは主にエンメル麦のフォカッチャと塩、そして骨片の粉末だ。骨片の粉末は骨を強くしてくれる。
こいつらは基本的に大食いな上に味など気にしない。
気持ちの良い食いっぷりではあるが、朝食は軽く済ませるのが心得というもの。
この朝食には住み込みの市民や通いの闘士も参加する。
おや、私の知らない顔が混じっているな。
奴が例の元奴隷闘士か。
英雄アンクラウスを殺し、人狼のライカまで下したと聞くが噂に尾ビレは付き物だ。
当てにするものではない。
朝食の後は広場前に整列し、若旦那から薫陶を受ける。
「おはよう、皆さん。あなた達剣闘士は私の大切な商品です。今日も訓練士長の言いつけを守り、腕を磨くように。
私は必ず、結果に見合う報酬で応えます」
ダモン様の熱い薫陶は剣奴を奮い立たせる。
それに比して、トリトス様の薫陶は淡々として熱は少ないが、公平かつ確かな報酬の約束が胸の奥に小さな火種を宿す事を私は知っている。
主人であるダモン様は熱血漢で人情家、豪放な方だ。
若旦那のトリトス様は理屈屋で冷たく見られがちだが、心のうちに抱えた熱意はダモン様に負けていない。
間違いなく勝負師、大商人の血をしっかりと受け継いでおいでだ。二代目がしっかりしているので私も安心してお仕えできるというもの。
それにしても新人の奴、噂やガタイの割に物腰が柔らかいな。元々は豪族や貴族の出なのかもしれないがきっちり叩きのめして、いちから仕込んでやらねばなるまい。
剣奴に模擬剣と模擬盾を渡し、素振りから始める。「盾!引き、剣!盾!引き、剣!」
ウォーミングアップと共に基礎的な動きを染み込ませる。
足運びも重要だ。腰を落とし、地面からあまり離さないほうが臨機に対応できる。
「右!戻れ!左!戻れ!後ろ!戻れ!…そこ!ドタドタ動くな!」
考えるよりも先に体が動くようにする。
それには徹底した反復が肝要だというのに、最近の若い奴らは基礎を軽視しがちだ。
困ったものだ。
素振りの間に次の訓練を準備させておく。
地面から突き出した丸太には上段、中段、下段と三種類の高さの棒が横から突き出していて、長さや間隔は様々で武器を模した腕と盾を持った腕がある。
地階から剣奴がこの丸太を回す事で、無数の武器や盾を持った人形が回転する。
この回転人形と剣奴を打ち合わせるのだ。
この訓練は下段への意識が低い連中に最適だ。脛をしたたかに打たれる程度で、試合での怪我が減るなら奴らも泣いて喜ぶだろう。
新人は物珍しそうにしばらく回転人形を眺めていたがあっさりと下段攻撃に対応していた。
チッ、可愛げのない奴め。
午前最後の訓練は模擬戦だ。
「すでに5勝もしている話題の新人さんだからな、実戦形式でいこう。刃引きのグラディウスを二本持ってこい!私が相手をしてやる」
ふむ。
円盾を選び、盾を前に構えたという事は機動防御型だな。構えと身ごなしは悪くない。
どれ、打ち合ってみるか。
ガッ!ガガッ!
軽いコンビネーションで打ち込み、意図的に隙を見せてやれば…来た!少々大振りだな。
それではダメだ。
グラディウスの使い方を理解していない。
こいつは一撃必殺の武器ではないのだから。
かつて最強と言われた密集陣形ファランクスを破った縦列遊撃陣形レギオンは、全てにおいて高性能なグラディウスがあればこそ。
奴のフェイントをグラディウスでいなし、強撃は大盾で堪える。お返しに右肩を軽く引き切ってやった。
うーむ、フィジカルは一流だが反応が洗練されていない。無駄な動きが多いから疲れやすいのだ。
「くそっ!」新人が吠える。
焦りがでてきたな、そろそろ終いにしよう。
避けさせるつもりで下段の横薙ぎを放つ。
ヒュッ…ガインッ!
むっ?!わざわざ盾で受け止めに来ただと!
なんだこいつは!
予想外の動きで弾かれた右手に衝撃が走る。
まずい、盾を前に出して体制を整えなければ!
ガツンッ!
立て続けに盾にも衝撃を受ける。
早すぎる!剣ではないな、柄尻で殴ったか!
盾、柄尻、さらに盾での一撃を受けて私は体制を崩した。しまった!
奴のグラディウスが閃き、頭上へと振り下ろされる!
「くっ!こいつ!」
…スカッ
こ、こいつ…グラディウスの扱いが下手すぎる!
必殺の一撃を外した新人の頭にげんこつをお見舞いして模擬戦を終える。
「いっでえぇ…」
武器の扱い、戦闘方法というものは嘘をつけない。
得意武器や流派などから扱う者の出自は簡単に露見するものだ。
「新人、わかったぞ。お前が何者か…」
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