26話 ゴズウェルナス伝と訓練所のルール
剣闘士ゴズウェルナスは天空と雷を司る竜サンダーを模した、5本の角と恐ろしい竜の面頬をつけた兜で顔を隠す。
髭面に傷だらけの醜い顔を見せられて嬉しい者はいないだろうから。
クロネリア帝国兵正式採用である長方形の大盾の裏には愛用している厚みのある短剣が隠してあり、腰にはグラディウスよりも長身の直剣が収まっている。
これが彼の標準装備だ。
彼の大盾は、大地と地の竜アースの加護を受けているかのように敵の攻撃を受けても微動だにしない。
それに怯んだ敵の虚を突き、剣闘士にしては小柄な体躯が雷鳴の如く俊敏に動き、相手の側面、はたまた頭上から長剣を叩き込む。
スパタは本来騎馬用の武器だがゴズウェルナスはそのリーチと遠心力を完全に使いこなしていた。
彼は圧倒的な格の違いを周囲に見せつけたが決して敵を侮らなかったし、辱めるような真似もせず、ひたすらに強く、高潔だった。
ダフ屋からの八百長の誘い、脅迫に放火と多くの危機が我々を襲ったが、ゴズウェルナスの高潔な精神と連勝記録を守る為、訓練所の皆が一丸となって戦った。
気づけば彼は建国史上最長の連勝記録を打ち立て、時の皇帝より筆頭剣闘士の栄誉を賜り、ヴィクトリウスの称号を与えられたのだ。
その後も、訓練士として多くの英雄を育てあげ…
ダモンさんの話、なげえぇぇ……
ゴズウェル伝説いくらなんでも盛りすぎだろ、凄い人なんだろうけど。
「父さん、お客様がさすがに困っています。昔語りもその辺にしておきましょう」
俺の後ろから助け舟がだされる。
助かったぁ。
後ろを振り返ると、20歳そこそこで艶のある黒髪を後ろに流した美形の青年が困り顔で立っていた。
「トリトスよ、話の腰を折るな!まだ半分も話しておらんのに…」
こ、この倍は尺があったのか…さすがにキツイっす。
「当訓練所での実務は私が責任者です。さあ、私の部屋で詳しくご説明しましょう」
言うが早いかダモンさんの手から手紙をサッと奪い取ると走り読み、素早く返却して俺を部屋から連れ出してくれた。
「父の長話に付き合わせてしまい、すみませんでした。ブルトゥス訓練所の管理を任されている、ブルトゥス・トリトスです。
ヘリオンさん、剣闘士訓練所へようこそ」
トリトスは自身の執務室に俺を招き入れ、要領よく俺の希望を聞き出しながら必要な手続きを済ませていく。
理路整然としていて若いのになかなか優秀な管理者だ。
「当訓練所はクラウディ公派に属しておりまして奴隷剣闘士を33名、下位剣闘士を17名、上位剣闘士を2名抱えています」
聞き慣れない言葉がでてきたぞ。
「すみません、クラウディ公派というのはなんです?」トリトスは簡潔に教えてくれる。
「クロネリアでは今、大きく分けて二つの派閥が対立しています。簡単に言ってしまえば、皇帝を推すクラウディ公派と元老院を推すシディウス伯派です。
彼らは最も権力のあるスポンサーであり、我々は最も目立つ広告塔なのです。覚えておいてください」
政治か…うん、興味なし。
流しておこう。
「…ところでヘリオンさんは住み込みを希望ですか?」
おっと、政治関連の話を聞き流していたら話題が移ったようだ。
「いえ、通いでお願いします」
「通いですね。当訓練所は朝6時から夕方4時までとなっています。病気などで来られそうにない場合は街の配達係を走らせて知らせてください」
おぉ!意外と人間らしい生活が送れそうだ。
配達係ね、帰りにでも探してみよう。
「あの、残業はありますか?」
「残業ですか?…管理者はまれに執務を居残って行いますが、剣闘士に残業はないと言って構わないと思います」
イエス!ノー残業!
「はい!もう一つ質問があります!休日はありますか?」トリトスがキョトンとして固まる。
まぁ、この時代の労働者で休みを気にするやつはいないか。本当なら有休と労災も気になるが、さすがに期待するだけ無駄だろう。
「奴隷以外は一週間(9日間)に一度の休日がありますが、剣闘は皆さんが休みの日に娯楽を提供するのが目的です。
市場が開かれる休日は試合だと思ってください」
ふむ、サービス業なのでそこは納得。
「では、下位剣闘士のルールと訓練所の福利厚生の説明に移りましょう」
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『下位剣闘士のルール』
ひとつ、相手が動かなくなるか降参するまで闘う事。
ひとつ、観客を楽しませる事。
ひとつ、4週間に一度は試合に出場する事。
(訓練試合を含む)
『下位剣闘士の福利厚生』
剣闘士訓練所への出入りが許される。
武器防具を貸し与えられる。
鍛冶工房への作製、修繕依頼を許可される。(有料)
朝食と昼食が与えられる。
一週間(9日間)に一度は休日が与えられる。
一週間に一度、マッサージ師による施術か女奴隷と寝る事ができる。
勝者には酒と報奨金(800セステ以上)が振る舞われる。敗者には200セステが振る舞われる。
訓練士による訓練を受け、怪我をした場合は治療士による治療を受ける事ができる。
実績を残した優秀な者は上位剣闘士に昇格できる。
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職務内容に問題はあるが、もしや前世の会社より待遇いいんじゃなかろうか?
うむむ、と唸ってしまう。
鍛冶工房への出入りも許可された事だし、俺のやりたい事にも一歩近づいた。
鍛冶師キュクロには早めに会っておきたい。
マッサージのサービスもありがたい。
うまく行けばヘリオンとの通話を定期的に行えるようになるかもしれない。
女奴隷と寝る。
うーむ、勤め先にシモの世話をされるとは…良い子ぶる気はないし、もちろんそっちの欲もあるのだが生々しすぎて倫理観が文句を言っている。
この件は保留とする!




