21話 存在しない武器屋
「存在しない武器を作ってくれる武器職人か…」
「できれば街中にあると助かるんだけど」
数度試合を経験してみて、剣闘士が人気商売であり現代のスポーツ選手のような物だと理解した。
ならば俺の望みとしては剣闘士でがっつり稼ぎつつ、物珍しい武器使いとして人気を維持。
高級とまでは言わなくても、人並みな生活をしながら金を貯めて頃合いをみて引退する。
これはなかなか悪くない人生設計じゃないか?
「何を言っとる?街中に武器職人なんていないぞ?」
え?
RPGなんかで当たり前にある武器屋がない?
どゆこと?
「そこから説明しないといかんか」
ふむ、とゴズウェルは少し考えた後、丁寧に話してくれた。
「まず、鍛冶師というのは技術力と神秘性が高く、精錬技術というものは基本的に秘匿されている。そこはわかるな」
わからんけど…ひとまず頷いて話を促す。
「そして多くの鍛冶師、特に武器職人は工兵という扱いで軍の管理化にある」
「ぐ、ぐん?」
「おう、武器は軍の重要な機密事項だから当たり前だろ?」
うっ!
今の今まで剣や槍が、軍だの機密だのと全く繋がっていなかった!
言われてみれば確かにその通り。
銃火器が存在していない以上、剣や槍こそが部隊の標準装備。その仕様をおいそれと外部に流出させるわけがなく、秘匿するのは道理。
国家として一揆や反乱を予防する意味でも、武器を管理するのは当然だろう。
「軍の中でも鍛冶師はかなり扱いが良いんだ。だから鍛冶師自身もあまり街には降りてこない」
ふむふむ。ん?
「じゃあ剣闘士の武器はどうしているんだ?」
「剣闘士というか、大きな訓練所には専属の鍛冶師と鍛冶工房があるぞ」
そこで相談するしかないか。
「剣闘士が培った装備、例えば小手や脛当てなどはその有用性から軍に採用されたりもしておる。
訓練所の鍛冶師でよければ、ワシが話を通してやる」
おおぉ!ありがたいっ!
「ゴズウェルはなんでも知ってる上に顔も広いんだな。詳しく教えてくれてありがとう」
「なあに、軍務経験を経て剣闘士もやっていたからな。戦いに明け暮れただけの人生よ」
素直に感謝を伝えると年齢を感じさせる寂しげな表情を見せて、ゴズウェルは苦笑した。
軍人から剣闘士、そして牢番か…ゴズウェルはなかなか大変な人生を歩んで来たようだ。
彼の素性に興味を持った俺は、ゴズウェルが何故牢番となったのか聞いてみたいと思った。
俺が口を開いた矢先、ドカドカと騒々しい足音が耳に入ってくる。
この音はカルギスだな。
「お、二人共お揃いだな!」
カルギスは笑顔で俺の背中をバシンバシン叩きながら「5連勝おめでとう!クロネリア市民になったんだろ?お前は本当に凄い!」などと我が事のように喜んでくれる。
この世界に友人ができた事は心底嬉しい。
「な、なぁ、よかったらうちに遊びに来ないか?これからどうするかもう考えたか?」
カルギスの家か、この大雑把でお人好しな大男。
俺は会社で仲の良かった同僚の部屋を思い出す。
独身男性にありがちな、雑で汚いが気安くて居心地だけはいい安アパート。
あまりに洗濯物が臭かったり、ゴミだらけで汚いようなら居酒屋にでも連れ出せばいいか。
そう考えて気軽に了承した。
そういえば、俺は異世界に来てから闘技場しか知らないんだった。
街はどんな場所だろうか。
なんとなく映画やゲームでよく見かける中世ヨーロッパ風の街並みを想像する。
「な、なな、なんだこりゃー!」
初めて見た古代ローマ市街、いや、違ったクロネリア市街か。
想像と全然っ違っていた…ライカンスロープより驚いたわ。
西暦100年くらいだよ?ここ。
なんで7階建てのマンションが乱立してるんだ?!
新宿とか渋谷くらい人がごった返してる!
今日はお祭りかな?なんてテンプレっぽい事まで考えてしまう。
言葉もでない俺に、カルギスはどうかしたか?という表情の後に「そうか、市内は初めてか。はぐれないようについてこい」と優しく手招きしてくれた。
カルギスはたぶん長男だな。
面倒見がよすぎる。
通りを歩いてみればさらに驚く事の連続だった。
マンションの一階部分は商店や食堂が多く、店先ではテイクアウト用に石造りのコンロが大鍋を温め、香ばしい匂いを立てている。
パン、肉、野菜、果物等々、およそ俺が思いつくような食品はなんでもありそうだ。
売り物の魚が石でできた水槽を泳いでいるのを見た時には目を丸くしてしまった。
ファンタジー系の物語の定番のひとつ、香辛料が無い問題もここでは無縁だ。
塩、胡椒にシナモン、ショウガ、バジル…俺はそこまで詳しくないので何々があるとか、ないとかまでは言えないがかなりの種類を見かけた。
考えてみれば、属州をいくつも持っていた古代ローマ帝国のローマ市民は、他の地域や中世と比較すると貴族以上の暮らしぶりだったのかもしれない。
もちろんソースやマヨネーズはないし、ここはローマではなくクロネリアなんだけども。
人々が大声で野次を飛ばしているのは賭博場かダフ屋だろう。
一人は粘土でできたチケットを悔しそうに地面に投げつけている。一人はチケットを高々と上げ「今夜は俺の奢りだ!」と、実に楽しそうである。
他にもまだまだ多くの店が通りにはあった。
洋服屋、靴屋、クリーニング店、宝石店、美容室、食器屋、両替商、錠前屋…時間ができたら、ぶらぶら店を散策するだけで楽しめるだろう。
ここは電気のない東京のような場所だ。
中世の暗黒時代に多くの文化や技術が消失したのだと、姉ちゃんが残念そうに語っていたのを思いだした。




