23話 クラウディ公と時の巫女メルクリウス
「メルクリウスよ、帝都が魔獣によって蹂躙されるという予見だが……やはりマルスの仕業と思うか?」
「常世の獣の事なれば、おそらくは……」
アグナ・フィルメヨール・クラウディ公。
クロネリア帝国における政務官の最高位、執政官に就く彼は、帝都における法と軍事の最高責任者である。
時と空間を司る竜レガシーの巫女メルクリウスと共闘し、帝国の崩壊を防ぐべく奮闘しているが問題は山積している。
帝都に迫るスパルタクス軍に対し、双方の被害を最小限に収め得る人物としてコルネリウス将軍を任命。
コルネリウス将軍の帝都配置には成功したものの、政敵である元老院議員シディウス伯と、戦果を欲するアウグス帝によって鎮圧軍本隊の指揮は、苛烈で知られるクルッスス将軍に預けられてしまった。
執政官であるクラウディ公の命を皇帝が上書きし、有名無実化するという暴挙。
政治家としての面子の問題もあるがそれ以上に、甥であるアウグス帝の精神的な幼さにこそ、頭を痛めていた。
(こちらの体面を考えず、根回しするでもなく、皇帝の権力を振りかざしての横紙破りとは幼稚な……そこまでして戦果を望むか)
「これでは、余にアウグスを頼まれた先帝トルネウス様に顔向けできぬ……」
かつての主人にして、実の兄でもある先帝トルネウスの温かな微笑みを思い出し、クラウディは郷愁の念に駆られたが、それも一瞬の事。
執政者には想い出に浸る時間など許されない。
僅かに首を振り、仕事へと頭を切り替える。
「魔獣対策にはカサンドラを任じたい。帝都内かつ魔獣相手であれば、バース様も否とは仰るまいな?」
「命の巫女ウェヌスに確認いたしますが、適切な配置かと思われます」
以前、カサンドラを遠隔地ヒエラポリスの守りに就けようとした際、生と死を司る竜バースから、
「遠出はカサンドラが可哀想だから駄目」
という神託が下りて再考する羽目になった事を思い出し、ブルトゥス訓練所への協力依頼書をしたためる筆につい力が入ってしまう。
直近の課題に手当を付けたクラウディは、次に右腕と呼ぶべき部下について思案を巡らせる。
シディウス伯の投じたリヴィアス議員逮捕という奸計は単純ながらも、元老院を担当するリヴィアスだけでなく、法務を担当するクリニアス監察官をも封じる極めて効果的な一撃となって、クラウディを悩ませていた。
「リヴィアスの裁判はクリニアスに任せたが結局の所、アウロめの身柄を確保せねばならぬな……」
「はい、そちらは私からパティア大使へと文を送りましょう」
「ほう、そなたら竜の巫女がパルテナスの大使殿と友誼を結んでいるとは初耳だな」
日頃から淡々としていて、人間味の乏しいメルクリウスの意外な一面にクラウディは少し嬉しくなる。
「パティは博識ですので、時を忘れて話し込んでしまいますのよ」
時の巫女が時を忘れるとは……上手いことを言ったつもりなのかもしれない。
僅かに微笑みをこぼすメルクリウスが愛らしく、つい苦笑が漏れてしまう。
「そなたにも休息の時があるようで安心したわ」
「公にも心休まる時間が必要かと……」
「いずれはな……今は踏ん張らねばならん。正念場よ」
「左様でございますね」
「他に手当てが必要になりそうな予見はあるか?」
「そうですね――」
問われてメルクリウスはしばしの逡巡を経て、予言を口にする。
「リヴィアス議員のお身回りに警護を付けたほうがよろしいかと」
「連中、裁判まで準備しておきながら直接に手を下す可能性もあるという事だな」
「御意」
役割とはいえ、リヴィアスもなかなかに苦労するものだ。
「人間相手の荒事であれば一人、目をつけている者がいる。声をかけてみるか……」
「どなたかは存じませぬが、その御方もご苦労されるのでしょうね」
「確かにその通りだ」
国にせよ、理にせよ、なにしろ『護る』というのは本当に苦労が絶えない事なのだ。
―――苦労人に乾杯だな。
クラウディは心中でそう呟き、戦友であるメルクリウスに熱いお茶を手ずから注いでやるのであった。
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