22話 スパルタクスの軍律
「俺達は陣立てを決めねばならん。武器の確認もあるからな。戦う気のない連中がどうするのか、決まったら教えてくれや」
そう言い放つと、クリクススら抗戦派は陣幕からドヤドヤと一斉に席を立った。
「なにを偉そうに! 戦闘と略奪だけしか能のない連中が!」
「こちらを文書屋だの腰抜けだのと馬鹿にするのもいい加減にしてほしいものですな!」
いつの時代、どこの組織でもそうだが武官と文官の諍いは絶えない。
武官の功績は傍目に分かりやすく、文官の功績はそのほとんどが個人ではなく、集団に与えられるために見えにくい故だ。
奴隷解放という大義名分を掲げる反乱軍も同様の有様であった。
好戦的なクリクススが武官に肩入れすれば、バランスを取るためにスパルタクスが文官を擁護する。
自然、二人のリーダーには溝が生まれ、組織が大きくなるに連れて反目は深まるばかりだ。
「最近ではスパルタクス様の敷かれた軍規をあからさまに無視する連中までいるそうな……」
「まったく、俺達は盗賊じゃないんだぞ。義を重んじなければ周囲の同意を得られないというに」
スパルタクスは反乱軍の同志に対して、当時では考えられないほど厳格で革新的な軍規を敷いていた。
一つ、
無用の暴行を禁じる事。
一つ、
無用の略奪を禁じる事。
一つ、
略奪品は平等に配布する事。
一つ、
貴賤等しく、戦技を教える事。
一つ、
貴賤等しく、武器の製法を教え、武器を渡す事。
等々……
スパルタクスの出自は諸説あり、ローマ軍兵士だったとも、遊牧民であったとも、とある王家の子孫とも言われているが、少なくとも士官教育に類する教育を受けていなければ思いつく事のできないような軍律をスパルタクスが策定したのは間違いない。
偉人が偉人たる所以である。
「戦場ともなれば気が荒くなり、多少の軍規違反がでてくるのは仕方ないさ。そして、君達が活躍するのは戦の前と戦の後だ。そうだろう?」
「確かにその通りです」
「スパルタクス様は我々の事も評価してくださっている。段取りをしっかりとせねば!」
クリクススが討議を荒らし、スパルタクスがそれを治める。すっかり見慣れた光景だが、スパルタクスもさすがにうんざりしていた。
「君達、すまないがオエノマウスと二人にしてくれないか……少し話がある。戦の準備で皆、気が立っているからな。心配している女達や怪我人を労ってやってほしい」
「はっ!」
「失礼いたします」
文官達を下がらせると、オエノマウスが顔を寄せてきた。
「スパルタクス、内密の話でもあるのか?」
「内密というほどでもないのだが……相談したいのは国外への脱出を望む者達の事だ」
「それは……軍を分けると?」
オエノマウスが声を落とす。
「その通りだ。抗戦派も限界だが、脱出派とて我慢の限界だろう。今回の帝都襲撃を聞けば彼らも行動を起こす」
「各派の人数は把握できているのか?」
「抗戦派の兵士が三万、非戦闘員が二万。脱出派は兵士が一万、非戦闘員が二万というところだろう。あとは老人や怪我人、動けぬ者が三万ほどか」
いざ口に出して見ると非戦闘員が予想以上に多い事に、二人は眉をひそめた。
「動けぬ者たちはピケヌム市で静養させるにしても最低限の兵は必要。脱出派から割いて三千程でどうだろう」
「脱出派は兵士七千、非戦闘員二万か…多少心許ないが、本隊の兵をこれ以上減らすわけにはいかないな」
「指揮はどうする?」
それもまた問題だ。
本隊はクリクスス、市内潜入はスパルタクスが指揮する。
他に万単位の指揮を任せられる者はオエノマウスしかいない。
これはもはや『脱出派を見捨てるか』『動けぬ者を置き去りにするか』という、非情な決断に他ならなかった。
「オエノマウス……脱出派の指揮を頼む」
これは苦渋の選択だ。
腕に力が入り、歯を食いしばっての決断。
さらに言えば国外脱出は元々、スパルタクスの悲願だったはず。
「スパルタクス、本当はお前が――」
「言うな!」
「それ以上は言うな。誰もが皆、与えられた役を全うしているに過ぎないのだ。それはクリクススとて同じ事。俺もお前もな」
言われてみれば確かにその通りだった。
クリクススが旗頭となってはいるが、彼の野心がそうさせたのではない。
貴族への復讐を望む皆の声がクリクススを動かしているに相違ない。
では……俺は?
俺の役とはなんなのだ……オエノマウスは自問してみたが、その答えを教えてくれる者はいない。
「俺が決断を先延ばしにしたばかりに……ここに置き去りにされる三万三千人は見殺しだ……」
上手い冗談で仲間を鼓舞し、軽やかな演説で民衆の心を掴んできた英雄が目を血走らせ、その表情は苦悶に歪んでいる。
このような選択の時でさえ、スパルタクスはそのカリスマ性を発揮してしまう。
彼の支えになりたいと願わずにはいられない。
これが天賦の才、英雄という者なのか……オエノマウスは心底から畏怖を覚えつつ、ごく自然に切り札を差し出していた。
「スパルタクス、まだ諦めるには早いぞ。俺が巫女から授かった祝詞が三枚残っている。その内の二枚をお前に託したい。
一枚は市民の説得に、もう一枚はヘリオンとやらに使うといい。帝都でもう一人のリーダーと戦力を生み出す事ができれば俺達は―――」
勝てる。とは言えなかった。
スパルタクスもオエノマウスも、おそらくはクリクススさえも、どうやって幕を引くべきか悩んでいるのだ。
口籠るオエノマウスを前に、フッと軽い空気が流れる。
「そうだな。まだ終わったわけじゃない。俺もアルプスの山頂から見る景色を楽しみにしているんだ」
軽口を挟んだスパルタクスに先ほどまでの悲壮感は既にない。自由を信じ、朗らかに夢見る青年の姿がそこにはあった。
そのまっすぐで純粋な瞳にオエノマウスは憧れて、必死でここまでついてきた。
「お前ならきっと見られるさ」
「お前なら、じゃないぞ。オエノマウス。皆で見るんだ」
そう、皆で見よう。
アルプスの先にある自由な未来を……
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次回は2月2日(月曜)です。
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