21話 帝都襲撃作戦
「オエノマウス、お前の進言を信じよう。俺は遊撃隊としてクロネリア市に侵入しようと思う」
周囲から驚きの声が漏れた。
ここはピケヌム市、反乱軍の陣幕。
帝国への復讐と金品の強奪を目下の目的として、最終、帝国国内に領地を認めさせようとする抗戦派の長クリクススも、スパルタクスの突然の翻意に面食らっている。
「なにか悪い物でも口にしたか?スパルタクス」
「クリクスス、お前の愚痴に付き合い続けるのに疲れただけさ」
対して、クロネリア帝国北部に連なるアルプス山脈を越え、多くの奴隷達の故郷であるガルタニアへの帰郷を望む非戦派の意見を重要視したのがスパルタクスであった。
スパルタクスが非戦派の意見を推すのには、前段となる話が存在した。
反乱軍がヴェスビオ山に陣を構えていた当時、北上してクロネリア市を目指すべきという抗戦派の強行な意見に抗いきれず、
クロネリア南東部に広がるアドレア海から東方の国ドニアスへ脱出したいという非戦派の願いを無理に抑え込んだという経緯がある。
今度こそクロネリア国外へ脱出したいという非戦派の強い想いは、口数少なくとも確かな圧力として、スパルタクスに重くのしかかっていた。
当時は鎮圧軍の襲撃を幾度も打ち破り、抗戦派が勢いづいていたのもある。
町を通る度に兵や武器が補充され続けたのもある。
しかし、だ。
兵が増えればそれ以上に女子供や老人、怪我人はその何倍も増えるわけで、十万から成る反乱軍が町を通れば、たった1日で貯蔵された食料を食べ尽くしてしまう。
だからといって弱者を切り捨てれば、奴隷解放の大義名分は廃れ、反乱軍は空中分解を免れない。
味方が増えるほどに飢えが加速していくジレンマに反乱軍首脳部は頭を抱えていた。
そろそろ限界かもしれない……
誰もが同じように考えながら、誰もそれを口にできずにいる。
クリクススがクロネリア市占領を声高に口にするのも焦りからだろう。
そんな、退くに退けずに苦しむ首脳部に光明をもたらしたのは、オエノマウスだった。
いつの頃からか、彼の進言で実行された作戦は軍事にしろ内政にしろ、不思議なほど成功を収め、優秀な軍師として周囲の信任を集めている。
スパルタクスから目線で促され、オエノマウスが作戦の説明を始めた。
「クリクスス、クロネリア市にブルトゥス訓練所という剣闘士訓練所があるのだが……数ヶ月前、帝国中の話題をさらった剣闘士がいたのを知っているか?」
「おお、そいつの噂なら俺も聞いた事があるぞ! 百腕巨人の子孫だって話だろ」
オエノマウスの問いかけにクリクススが食いついた。
「違う違う! 火吹きトカゲと人間のハーフだよ!」
「雷で魔獣を焼いたって奴じゃないのか?」
暗い議題から逃げるようにして、皆が噂の剣闘士について盛り上がる。
「それで、そのとんでもない剣闘士がどうしたんだ?」
「彼は元々、戦争奴隷だ。そして恐ろしく強いというのは本当で、すこぶる市民受けがいいらしい」
「つまり、うちの軍師殿はそいつを味方につけて帝都内部でも反乱を起こそうって魂胆か!」
クリクススは満足げにニヤリと笑った。
「興味深い話だが、なに不自由無い生活を送っているなら、勧誘に乗ってこない事も考えられないか?」
スパルタクスが心配を漏らすと、既に調べてあるのだろう。オエノマウスが明朗に返答する。
「どうやら元老院議員の怒りを買って、複数戦や魔獣の試合まで組まされたらしい。並の神経なら好き好んで剣闘士を続けようとは思わないはずだ」
「そんな試合を生き残ったのか……」
「せっかくの才能を見せ物にされて可哀想に」
周囲の者達はその男のあまりの強さに驚嘆の声を上げ、憐れな境遇に同情を禁じ得ない。
ここには元剣闘士の者も大勢いるのだ。
「彼を貴族共から救おう!」
次々と上がる声に陣幕の熱気は最高潮を迎える。
「なぁオエノマウス、その男の名前はなんというんだ?」
「確かその名は――― そう、『ヘリオン』だ」
スパルタクスが話を引き継いで作戦の概要へと移る。
「オエノマウスの立案による物だが……クリクスス、お前が本隊を率いてクロネリア市へと進軍する」
「よしっ!遂にきたな!」
クリクスス以下抗戦派の将兵が快哉を叫ぶ。
鬨を上げる者さえ出るほどの喜びぶりだ。
「では次だ。帝都を覆うセルウィウス城壁の東、つまり我々のいる方角だな。そのコリーナ門に魔獣を放つ」
「オエノマウスが用意していた『オルトロス』って化け物か、あれの相手は俺でもごめんだね」
オルトロスはパルテナス地方に生息する魔獣で双頭の狼だ。神話にでてくる地獄の番犬ケルベロスの兄妹だと言われている。
「その騒ぎに乗じて城壁南のカペーナ門、アッピア街道の入口だ。そこから俺が百騎ほどの騎馬隊と共に市内へ侵入する」
「市内ではどう動く?」
「さっき話にでていたブルトゥス訓練所へ向かい、ヘリオンを見つけて勧誘する。彼は目立つ赤毛でかなりの偉丈夫と聞く。難しくはないだろう」
「赤毛というと北方の人間か。うまく行けば脱出派のリーダーにうまく収まるかもしれん……その後はどうする?」
「いくつかの訓練所で仲間を募って、鎮圧軍を後方から叩くつもりだ」
「つまり鎮圧軍と正面からやりあう本隊と、市内で勧誘する猛将ヘリオン率いる、スパルタクスの軍で挟み撃ちにするわけか! これは面白くなりそうだ!」
帝都侵攻の悲願がついに叶う。
クリクススを始め、その周囲の将兵の熱気は凄まじい。
その光景を、リーダーであるスパルタクスはどこか冷めた目で見つめていた。
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