エピローグ
「いだいっ!いでででっ!」
「千切れた腕を繋げたばかりだぞ?痛いに決まってるだろう、バカ!」
ブルトゥス訓練所の南、魔獣闘士地区に建つカサンドラの館で、ヘリオンはパトロヌス(保護者)のリヴィアス議員と魔獣闘士カサンドラから治療と説教を受けていた。
「生と死の竜バースの加護を受けるカサンドラのおかげで、ヘリオン君の命と腕はなんとか無事に済みました。彼のパトロヌスとして感謝しますよ」
「リヴィアス、あんたは昔から金払いだけはいいからね。腕でも首でも繋いでやるさ」
軽口を返したカサンドラはそう言って、バンッと俺の腕を叩く。
「いだいっ!」
「男だろ、弱音を吐くな!」
男である前に怪我人なんだからもう少し労わってほしいところである。
「ヘリオン君もよくやってくれました。あのアルティウムと初見の一騎打ちにも関わらず、腕一本で済ませたのですから見事な奮闘ぶりですよ」
賞賛と共にニコリと微笑むリヴィアスに、ヘリオンは鎮痛な面持ちで瞑目した。
「言い訳のしようもない。完敗でした…」
「奴に魔法を使わせたんだろう?」
カサンドラが口を挟む。
「ええ、情報屋のフーガさんの話では二つ」
「奴の手の内を明かしたなら上出来だろ」
「ですね。それにヘリオン君はまだ加護を受けていない。この先、勝算は十分に見込めるでしょう」
「加護?」
クロネリアの地における魔法と呼ばれる奇跡は、大神に任ぜられた7つの属性を司る竜の力を借りて行うものだ。
魔法を扱う者には『arcana(アルカナ、秘密の意)』という厳戒な守秘義務が課せられる。
匠は魔法を行使する為のマジックスクロールの使用を許可されていたが、それ以上の事はarcanaによって秘されていた。
「スクロールの先があるという事…」
「その通り。貴族や功を成した者に竜の巫女から与えられるもの、それが竜の加護です。ヘリオン君には既に資格がある。いずれ、席を設けますよ」
「俺はまだ強くなれると?」
「なってくれないと困ります」
(匠よ、私もまだまだ強くなる必要がある。リベンジを果たすために力を貸してほしい)
どうやらヘリオンもしっかりと聞いていたらしい。
ヘリオンが敗北したのは初めての事。
戦闘の素人である俺以上に、ヘリオンの矜持は傷ついたはずだ。
この借りは返さなくてはならない。
それくらいは俺にだってわかる。
「次は勝ちますよ」
そう、次は二人で勝つのだ。
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クロネリア帝国第一の格式を誇るカピトリウム神殿。
この地を統べる7つ竜からの神託を受けた巫女による神託集『シビュレーの書』が奉じられているこの神殿は、新年の挨拶や戦争に関する重大な会議の場として皇帝や元老院にしばしば用いられた。
カピトリウム神殿最奥の執務室に堂々と鎮座する、痩せぎすで目つきの鋭い老爺。
元老院議員の重鎮シディウス・ウルタス伯は、クリエンテス(被保護者)であるアウロ議員からの報告を受けていた。
「…ロマレースをウェスパシア訓練所から排し、我が手中に収めましてございます」
「して、アルティウムの奴は余の意向に従うと?」
「はっ!陛下が懸念されていたヘリオンという闘士を確かに叩き伏せたと…」
「殺したのか?」
シディウス伯に氷のような冷たい視線を向けられ、アウロは一瞬返答を詰まらせた。
「腕を絶ち、足を穿ったとの由……」
「殺したのか?と聞いている」
「そ、それは…」
「愚か者が!英雄となりつつあるヘリオンを殺せず、アルティウムを操る事も出来ぬとは!
奴を使えぬ訓練所など半分の価値もないと分からぬか!」
激したシディウス伯に顔面を蒼白にするアウロ。
「申し訳ありません!」
「議会ではリヴィアスごときに圧され、裏では中途半端な結果しか残せぬ。これではな…」
現皇帝アウグスが幼少の時分から思想や政治の在り方を説き、今では相談役として確固たる立場を持つシディウス伯。
アウグスの叔父であるクラウディ公には、皇帝との距離も地位も一歩及ばないものの、クラウディは甥であるアウグスの教育について、常に皇帝たれと細かく口出ししすぎたのがまずかった。
結果として、それを煩わしく思ったアウグスは、好きに甘やかしてくれるシディウスに傾倒。
皇帝からの信も厚く、元老院の半数をシディウス派と称して手足のように操る老獪な権力者。
彼に睨まれては、クロネリアで議員としてやっていく事はできなかった。
「それでは、あの憎きリヴィアスを排除いたします!」
「ほう…なにか策はあるのか?」
元老院両陣営の未来を担う若き2人の俊英として、なにかと比較されるリヴィアスをアウロは憎んでいた。
リヴィアスの新たな広告塔である闘士ヘリオンを潰そうと画策を続けたアウロであったが失敗続きなのだ。
こうなっては、リヴィアス本人を害する方が簡単だろうとアウロは結論づけた。
「奴を失脚させる用意がございます」
これ以上シディウス伯を失望させるわけにはいかない。
そうだ、帝都の南で剣闘士共が反乱を起こした町があったはず。
あれを使えば……
持ち前の要領で段取りを素早く思考したアウロは、起死回生の一手を囁くように口にする。
「ほう、なかなか面白いな。余をこれ以上失望させるなよ、アウロ…次は無い」
「はっ!必ずや陛下のご期待に応えます」
クロネリア帝国は地上海一帯を支配する超大国だ。
それを差配する皇帝と元老院の力は類を見ないほど強大であり、その権力闘争も当然苛烈を極める。
奴隷剣闘士ヘリオンへの転生を余儀なくされた日本人、川瀬匠もまた、望まぬ争いの渦中へと巻き込まれていくのであった。
第一部了
『転生式異世界武器物語』をここまでお読みいただきまして本当にありがとうございます。
今話にて“第一部:奴隷剣闘士編”は終了となります。いかがでしたでしょうか、楽しんでいただけましたなら幸いです。
“第二部:裁判と戦争編”は明日12月08日(月曜)17:30より投稿を開始いたしますので、引き続きよろしくお願いいたします。
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引き続き『転生式異世界武器物語』をよろしくお願いいたします。




