王家の運命(さだめ)(12)
王都の地下を流れる地下水脈を通じて、王都近くの森にある炭焼き小屋の井戸へとつながる王城からの脱出路を使い、重臣たちとともに危地となった王城を抜け出ることができた。
全ては、突然現れた辺境の神童アインだと思われる青年と、黒髪の娘、金髪の美少女、あの3人が仮面の男ビエンナーレを足止めしてくれたからだ。
大広間でのあの3人と仮面の男は今頃、どうなっているのだろうか。
気にはなるが確かめる術はない。
ここには誰一人として、あの状態の王城へと戻ろうと考える者はいないだろう。
心胆寒からしめる恐怖とは、あの仮面の男のような存在のことをいうに違いない。
ただ、今回の一連のことでよくわかったのは、魔族という存在は対話もできるが、こちらを騙すこともある、そう、わしらのような人間と実は同じではないか、と。それでいて、いざ戦いとなったら、人間には到底できない力を使い、圧倒的な暴威を振るう。
言葉をあやつるというだけで、わしらとは実は根本的に異なる存在なのかもしれぬ。いや、そうなのであろう。
あれは対話なのかと。対話ではなく、それこそ一方的な脅迫なのではないかと。
根底にある力の差を感じざるを得ない。それともあのビエンナーレという仮面の男が特別なのか。
長耳のロイエンタルジルには、そこまで何かの力の差があるとは感じなかった。ただ、圧倒的な狂気を、わしらを、人間を憎む、そういう怖ろしくもおぞましい思いを感じただけだ。
ロイエンタルジルは、あの事件がなければ、本当にわしらとの対話を続けるつもりだったのだろうか。少しだけ考えて、その可能性は低いだろうと結論付ける。そう。ヤツには狂気しかなかったのだから。
なぜそこまで、人間を憎めるのか。
伝承では長耳の魔族は長命であったと伝わっている。
わしらが歴史の中で学ぶ、聞いて知るだけの出来事を、実感をもってその身に残しているというのだろうか。長命とは、いったい、どのくらい長く生きるのだろうか。
ゆっくりと、幼き頃より神殿で学んだ伝承を思い返してみる。
ツノの魔族は人よりも力が強いとされていたはずだ。戦いにおいて、力の強さはそれ自体が武器であり、魔族の方が人よりも有利だろう。
長耳の魔族は、魔法に長けていると伝わっていたはずだ。これも、魔族の方が戦いに有利になる要因ではないだろうか。洗礼で『魔法使い』や『魔導師』となる者はほとんどおらぬ上、魔法が使える天職を授かった者は、神殿も含めた各国の暗闘によって、その多くが失われている。
戦えば、魔族が有利。
だが、やつらは、迫害され、山の向こうの地へと逃れたという。
弱い者が、強い者をどうやって迫害し、辺境のさらに向こうへと追いやったというのだ。話の筋が通らぬではないか。
強い者が弱い者たちに追い出されるなどということは、子どもに聞かせるおとぎ話でも、心の優しく気の弱い大男がいました、とでもいう話だけではないか。
あり得ぬ…………いや、まさか?
あり得ぬのではなく…………わしらが魔族と呼ぶ、あのツノ付きや長耳の連中は、おとぎ話の心優しく気の弱い大男と同じだと、そういうことなのだろうか。あのおとぎ話の大男は、いじめられて、我慢して、我慢して、とことんまで我慢して、最後に大事な、本当に大事な妹を傷つけられた時、村を全て壊したと、そんな話ではなかったか。
そんなことがあるのか? 魔族の、やつらの心が優しく、気が弱い、などということが?
だが、そうでもない限り、やつらにわしら人間があそこまで恨まれることも、やつらが世界の果てに追いやられることも、持っている力の差を前提とするのならば、到底考えられぬ。
わしらはあの仮面の男、ビエンナーレと比べてあまりにも弱すぎる。だが、さっきの、辺境の神童とその仲間たちは、あのビエンナーレと互角に戦えておった。いや、3対1での戦いを互角というのもおかしなことか。
それでも、人間の中にも、やつらと戦えるだけの存在はいるのだ。
辺境の神童がどのようにしてその力を身に付けたのかはわからぬが、何か方法があるのだ。
それは間違いない。
…………魔族が神殿の伝承の中の存在ではなく、実在する脅威となった今、過去に人間が繰り広げてきた悪行と、わしらが人間の中でつまらぬ争いをひたすら続けてきたことが弊害となっておるということか。
そして、長き時を経て力を蓄えた魔族に、勇者の血を引くとされる我が国が、狙われた、か。
「陛下! 魔物が、魔物が…………」
森の外のようすを確認に出た者が、慌てた様子で戻ってくる。
ついにここまで魔物がきたのか。
助かったと思ったが、どうやら、それもここまで。
あの長耳のロイエンタルジルのように、堂々と自裁するのが、よいのだろうが、わしにあのような真似ができるとは思えぬ。
「みなのもの、最後までご苦労だった。もはや、どこへ逃げても…………」
「ち、違います、陛下! そうではなく! 魔物が、魔物が王都の門を出て、魔物の群れは北へと向かっておるのです!」
「何っ……」
「次から次へと王都の門を出て行く魔物の群れは、明らかに北へと進んでおります! それこそ無数の魔物が北へ! 王都を出て!」
…………何があったのかはわからぬ。しかし、魔物の脅威だけは、王都から消えてなくなろうとしているのだろうか。いや、これは、もしや?
「…………まさか、あの者たちが、仮面の男を倒した、ということではないのか?」
すぐに王都を確認するのも危険だと考え、翌日、門を出て行く魔物の姿がひとつも見えなくなったことを確認した上で、脱出した地下水脈を戻って、王城の中へ入る。
この脱出路はもはや多くの者に知られてしまった。もう埋めてしまうしかないだろう。いや、埋める手間もかけたくはない。そうなれば、やはり…………。
王城の中を移動して大広間へ戻ろうとしたが、そこには、かつて大広間だったのであろう空間に、夕日のように大きくて丸い空間が、石造りの王城の中に、床や壁、天井を削り取って、ただただ、空間が、広がっていた。
何をどのようにすれば、このような空間が出来上がるのか、想像もつかない。
そこには、あの仮面の男の姿はもちろん、辺境の神童アインと二人の娘の姿もなく、一人、長耳の魔族の男が横たわって死んでいた。
「陛下…………」
「何もいうな。どう考えても、わしらの想像できる出来事を全て超えておる」
ここで行われた戦いがどのように推移し、どのような結末を迎えたのか、それを知ることはこのままではできぬ。
「…………王都の被害を確認し、生き残った者たちを集めよ。王都は放棄する」
「陛下、それは……」
「城門は破壊され、再建は到底無理であろう。次は今回以上に大きな被害となる。ここに居座ることは優先すべきことではない。南部の王家直轄領のどこかへ遷都する。これは決定である。宰相を中心として急ぎ準備を整えよ。もちろん、王都の民も共に避難する。残りたいと望む者はそのままでよい」
「わ、わかりました……」
「ああ、それと……」
わしは重臣を見回し、ゆっくりと告げた。
「辺境の神童アイン、黒髪の娘イエナ、金髪の少女リンネ、以上の3名を必ず探し出せ。この先、魔族との戦いにあの者たちは必要となる。絶対に見つけ出すのだ」
生きているのか、死んでいるのか、そして、どこにいるのかもわからぬ。
それでもあの者たち以外に、頼れそうな者など、いないのだ。
魔王に狙われるという我が王家に流れる勇者の血筋。
ほんの少しでも可能性があるのなら、何にでもすがって生き延びてみせる。
この先にどのような運命が待っていたとしても。




