王家の運命(さだめ)(11)
「見たところ、そこにそろっているのがこの国の指導者だろうと思うが、間違いないか」
一瞬で手練れの近衛の騎士を屠った剛の者。
しかし、その者がこちらに話しかけてくるとは。
だが、返事をしようと思うが、うまく口が動かぬ。足も震え、手もしびれる気がするのだ。
これが、恐怖、か。
目の前で、強者と思っていたものをまるで小さな虫でも潰すかのように倒す、圧倒的な者に対する恐怖。
怖ろしい。ただひたすらに怖ろしい。
なぜこのような者を相手に戦などをしているのか。
「答えるがいい。王は…………キサマか」
仮面越しの瞳が、わしを刺すように捕らえて放さない。
間違いなく、わしが国王であると認識している。身なりを見て、そういう判断ができる上、十分に会話が成立する。強さはバケモノとしか思えぬが、対話はできない訳ではないのだ。
「そう、だ」
わしはとりあえず、王であることだけを認める返事を、なんとか返した。
一度、言葉を滑り出させると、そこからは口も少しずつ軽くなっていく。
「わしが、国王で、ある。名を、聞こう」
「私の名か? ふむ。私の名は、ビエンナーレ・ド・ゼノンゲート。ガイアララの男爵にして、この王都攻めの主将を務める者だ」
…………信じられぬ。主将と? この王都を攻めている魔物の群れの? それがたった一人でこんなところに? 馬鹿げている!?
「将とは、軍を率いて、戦う、者だ。この、ような、ところにまで、一人で踏み入る者、では、あるまい」
「なるほど。それがこちらの常識か。それぞれで違うところがあるものだ。自分と異なる存在があることを受け入れる度量が足りぬから、このようなことになるのだ。このような下らぬ争いに」
仮面の男は心底、くだらぬ、というように仮面の奥の右眼を細めた。
「キサマが王であるのなら、今すぐ降伏するがいい。そうすればこの下らぬ戦を終えることも可能だろう。降伏させろと恩人の娘に頼まれたのでな。あの娘の頼み事はできれば叶えてやりたい」
ふつふつと怒りがわいてくる。足も震え、汗も止まらぬが、それでも怒りがわいてくる。
なぜだ。
なぜだ、なぜだ、なぜだ。
どうしてこんなことになっているのだ。
「ここを訪れた長耳の者どもが、わしの臣下を殺した。それがなぜ、魔族どもにこのように攻められねばならぬ? 降伏せよと言われねばならぬ? 勝手に戦を仕掛けてきたのはそっちではないか」
「ふむ…………リーズリース卿の手の者が謀略をめぐらしたか…………しかし、その手に見事に騙されたのはそちらのこと。私は宣戦布告によってこの戦が行われていると聞いたのでな」
「あのような……あのような一方的なものを宣戦布告というか」
「宣戦布告とは、そもそも一方的なものであろう?」
「謀略……そなたが今、そう言った通り、これは長耳どもの謀略だ。降伏など、降伏などできぬ。たとえ最後の一兵までその命を散らしたとしても、謀略に敗れる気はない」
「宣戦布告を受けてわれわれとそなたたちは戦争状態にある。ここで降伏をすれば王都の被害もそれだけ軽くなるだろうに、無駄に命を粗末にするとは、それでも国王か…………」
「何とでも言え。魔族が宣戦布告を行い、堂々と戦争を仕掛けてきたなどと誰も信じる者はおらん。われわれ人と、人ならぬ魔族との泥沼の争いになって最後まで戦い続けるがいい…………」
こうなれば、もはや大陸の全てを巻き込み、魔族どもとの戦いを…………。
仮面の男は、ふと考え込むように黙り込んだが、すぐに顔を上げた。
「愚かなヤツだ。そうまで死にたいのであれば、ここで死ぬがいい」
そう言って、仮面の男はわしに向けて拳を…………。
……その瞬間。
腰に届くかという長さの豊かな黒髪を躍らせるように輝かせる美しい娘が、弓をかまえて大広間へと飛び込んできた。
それはまるで女神のような、凛々しくも美しい、清浄な気を発する、清らかな存在だった。
死を前にして、女神の迎えが来たのかと思うほどに。
それほど圧倒的に美しい、いや、神々しい娘だったのだ。
その手から光輝く矢が放たれる。
わしを殴り殺そうとしていた拳は止まり、仮面の男はその娘を振り返りつつ、光り輝く矢を銀色の鈍く光る左腕で打ち払った。
さらにもう一人、金髪の、あどけなさを残しつつも、すっきりとしたその鼻筋と輝くような碧い瞳で将来は美姫となることに疑いがない美少女が弓をかまえて飛び込んでくる。
また、その二人の娘にはさまれるように黒髪の、これもまた人目を引く美しい青年、いや、少年だろうか、どちらにせよ、まだ成人したばかりのような幼さを残した美しい顔をした男が一人、飛び込んできた。
「もう全て片付けたと思っていたが、いったい何者だ?」
そう言いながら仮面の男は、今度は金髪の美少女が放った矢も左腕ではじき飛ばした。
黒髪の娘が弓を足元に置いて、黒髪の青年から槍を受け取ってかまえつつ、仮面の男と向き合う。
「覚えとくって言ったくせに、覚えてないのね? 腹の立つ男だわ」
「ほう……?」
「強くなれって言われたから強くなってここまできたわ? 忘れられてるとは思ってもみなかったけど、もう何年か経ったもの、そういうこともあるわよね」
「ふむ……その黒髪に、黒の瞳……面立ちの似た、弟、か…………そうか。あの時の……小川の村の、イエナと……アイン、だったか? それとそちらの娘は、麓の村の…………」
「小川の村の、アイン、となっ!?」
わしは思わず叫んでいた。
…………忘れもせぬ。あの武骨者のファーノース辺境伯の、自慢の領民の名だ。将来有望な神童で領都を支える優秀な文官となることは疑いがないと自信満々で何度も口にしておった。だが、ここ何年かは名前を聞くことがなかったのだが、あの黒髪の青年があの辺境の神童アインなのか? では、辺境伯が彼らを王都に? いや、この仮面の男と、面識があるというのか?
「この私の復帰戦に、おまえたちが姿を見せるか……これが因縁というものか……」
「ふうん、本当に覚えてたのね。感謝するわ」
黒髪の娘が駆け出し、槍を振るう。
そこへ仮面の男が一瞬で間合いを詰めた。
いかんっ! あの男は強すぎるのだっ!
「くっ……」
黒髪の娘は槍を一閃するが、それは仮面の男に左腕で受け止めてはじかれ、逆に拳を撃ち込まれる。
だが、その拳が撃ち込まれたと思った瞬間、黒髪の青年、辺境の神童アインがそこへ割り込み、剣を振るう。
仮面の男は一瞬で辺境の神童へと向きを変えて、その剣を左腕で受け、右拳を振りかぶる。
辺境の神童アインはどこからともなく盾を取り出すと、仮面の男の拳を盾で受け止めた。
「何だと!?」
仮面の男が叫ぶ。
だが、辺境の神童の盾は、その一撃で砕け散って消える。
「一発で破壊しやがって……」
「…………見慣れぬ技を使う」
あり得ぬ!? 近衛の騎士が一瞬で散ったというのに!?
金髪の美少女が2本目の矢を放つ。
仮面の男はまるで軽業師のようにその矢を蹴り飛ばしつつ、後ろへと回転して、辺境の神童と距離を取った。
黒髪の娘の槍がさっきまで仮面の男がいたところを切り裂くように一閃した。
なんという攻防! この者たちならばもしや! この仮面の男を…………。
「リンネ! おれに月1!」
『レラサ!』
リンネと呼ばれた金髪の美少女は癒しの御業の月の光を辺境の神童へと送り、包み込む。
黒髪の娘は怯むことなく仮面の男へと距離を詰め、槍を突き入れる。
「逃げて!」
わしを見つめながら、黒髪の娘がそう叫んだ。
その言葉に、逃げる機会を得たのだと今さらながらに気づいた。
宰相と一瞬で目を合わせ、大広間の奥へと動き出す。
「ちっ……」
仮面の男の舌打ちが聞こえたが、仮面の男がこちらを追いかけてくることはなかった。




