王家の運命(さだめ)(10)
勇者の血筋は魔王に狙われると、神殿の伝承では言われている。トリコロニアナ王家は勇者クオンの末であると伝えられている。
そして、今、我が国は魔族と魔物の侵攻を受けていた。これは勇者の血の呪いなのだろうか。
辺境伯領の開拓村を襲った魔族と魔物の群れは、村人たちとファーノース騎士団の騎士、辺境伯領の兵士たちが協力して、撃退したという。
しかし、それだけで魔族の侵攻が終わった訳ではなく、次第に辺境伯領の各地へと戦線は拡大していく。
辺境伯は守るべき町をしぼって、それに対応し、戦線の縮小に努めた。
辺境伯領での戦いが始まると、街道を行き来する商人たちから魔物による被害を受けるという報告が相次ぐようになった。
そして、それが国内の各地に広がっていく。
魔族と魔物の群れが現れた訳ではない。だが、確実に、そこにいる、いままでもそこにいたはずの魔物たちが、街道で人々を襲うようになった。
そのうち、戦況がどうなっているのかという情報や、各地の物産が次第に届かなくなってきて、王都でも王城内の備蓄を確認させるように命じなければならなくなっていた。
このままではよくないと神殿を通じてソルレラ神聖国へと救援を依頼するために使節を派遣した。確実に河南へと行くために騎士が足りぬと外交官の男爵が言うので、王都の守りに不安を感じるが、騎士を増員して派遣した。
だが、ソルレラ神聖国は我が国と接する国ではない。聖騎士団は強く、頼りにできるのかもしれないが、救援を送ってくれたとしてもやはり遠い。
隣国にも使節を派遣するが、騎士の数も兵士の数も足りない。これでは護衛を付けて安全に隣国までたどり着けるかどうかも怪しい。
血だらけ、傷だらけの早馬が王都の門に着いたと聞き、すぐに確認をさせると、公都の弟からの早馬だとわかった。数日、まともに眠らずに馬を駆けてきたのだろう。それはそれはひどい顔をしていた。
その者によると、公都も魔物との戦いが始まったという。また、辺境伯領だけでなく、北方のハラグロ御三卿と呼ばれた者たちの3つの領地はどれも魔物に襲われているとのことだった。
王都には魔物の影すら見えない。
だが、まるで闇に包まれたかのように、国内のことすら把握できないのだ。
もはや辺境伯領で魔族の軍勢は止まってはいないのだ。
そして、勝報と呼べるものは最初の開拓村で撃退したという話だけで、それ以降は、ただの一度も、王都に届くことはなかった。
政治も、戦争も、基本は数の勝負だろう。
狩人たちがいうには、魔物は何日かするといつの間にかまた狩場にいるのだという。何年も、何年も、それを繰り返しているのだという。
いつの間にかそこにいる魔物が魔族たちの兵士だというのなら、この戦争は、数で勝てるはずもないのではないだろうか。
城壁の見張りから、魔物の大群が見えたという報告が届いたのは、朝議の終わった瞬間であった。
ついにこの時がきたか、と。
その事実をわしは冷静に受け止めた。
国内のどこが魔物に襲われているのか、正確に把握できていなかったのだ。いつ王都にくるのかはわからぬが、いつかは来るだろうとだけ、思っていればよかった。だから、冷静に受け止めることができたのだ。
すぐに王都には戦闘配備がなされ、民たちには外出禁止が徹底された。
籠城が長引くのであれば、いずれ民からも義勇兵を募らなければなるまい。いや、そのうち、募るのではなく、命じることになるのかもしれぬ。
作戦司令部となった王城1階の大広間で、朝議の後に朝食も摂らずに待機し、各所からの報告を受け続ける。
現れた魔物の数は正確な報告などなく、ただ、無数、とばかり。それが数える手間を惜しんでのことではないと理解できるのが怖ろしい。
城壁の上から、矢を放ち、石を落として、魔物を撃退しようと兵士たちは努めている。
辺境伯領では空を飛ぶ魔物もいたという話もあったが、王都には姿を見せてはいないらしい。
午前中は、特に何も問題はなく、そういえば朝食もまだであったなと、大臣たちと顔を見合わせた瞬間、王城全体が、いや王都そのものが揺れたのではないかという衝撃と音が、わしらを揺らした。
城壁からの連絡ではなく、王城の兵士が、王都内に魔物が侵入し、王都内に魔物があふれているという報告を届けた瞬間、宰相は全ての顔色を失った。
「そんな馬鹿な…………たった1日も、城門をまもれなかったというの、か…………」
もはや誰も、食事の話など、できなかった。
わしも、その事実に衝撃を受けていたのだ。
辺境伯領では、既に何か月も、領都を守り抜いているはずなのだから。
ひょっとすると、わしらが知らぬだけで、辺境伯領の領都ポゥラリースも既に城門を破られ、陥落しているのかもしれぬ。
何も聞こえぬ、何もわからぬというこの状態で、信じられぬ力を持つ魔物たちとの戦いが行われているのだ。
だが、ただ衝撃を受けて沈黙しているだけでは済まされないのだ。
今度は、さっきよりも近くで、はっきりと轟音が響いた。
騎士たちや兵士たちの誰何の声が響いては、それが消えていく。剣戟などの戦闘音はないというのに。いったい、何が起きているのか。
誰かがごくりと唾を飲み込む音が響いた。
その時、一人の男が。
なにやらおかしな仮面をつけた、ツノのある男が、大広間へと姿を見せた。
「何者だ!」
大広間の警備を担当する近衛の騎士が誰何の声を上げた。
その瞬間、ツノのある男が動いた、と思えばその近衛の騎士はどさりと倒れたのだ。
これが、さっきまで外で起きていたことなのか、と。
目の前で見ても理解が難しい出来事だった。
近衛の騎士たちはファーノース騎士団から引き抜いた……いや、ファーノース辺境伯に差し出させたファーノース騎士団出身の者たちで、間違いなく、トリコロニアナ王国では最強に位置する者たちだ。
それが、何をされたのかもわからぬうちに倒されていく。
大広間にいた4人の近衛の騎士が全て倒れるまでに、誰かが言葉を発する瞬間はなかった。それほど短い間に、近衛の騎士たちは、その命を散らしたのだった。




