王家の運命(さだめ)(9)
魔族との友好は10日も続かなかった。
王城内の一室で、長耳族の女性を法衣貴族のとある男爵が邪な思いで押し倒し、その欲望を満たそうとして返り討ちにあったのだ。その法衣貴族の男爵は、有名な色男で、たくさんの女性と浮名を流すことを自慢するような男だった。絶対に、長耳族には近づけてはならぬ男だったのだ。
城を傾け、国を傾ける美しさとは、その言葉通りであった。
「陛下は、我らが、ずいぶんと長い間、奴隷として人の欲望のはけ口とされていた過去があったことをご存知でしょうか」
「国王として必要な歴史は学んだつもりである。この度のことは……」
「ええ、この度のことは、やはりニンゲンというものは、愚かで、欲望にまみれて、度し難い存在であると、滅ぼすべき存在であると、そう教えて頂ける、よい機会にございました」
「何、を……」
「我ら、ガイアララに生きとし生けるもの全て、その全力をもって、トリコロニアナ王国に報復を。
宣戦布告にございます、陛下。
我らはトリコロニアナ王国につながる者全てに鉄槌を下すことでしょう」
「宣戦布告だと?」
「さようにございます、陛下。外交官たる者を、不埒な目で見、見るのみならず、その手に触れて、己がものにしようとしたのでございます。外交関係が断絶し、戦となるのに何か、不足しておりましょうか。我らの屈辱の歴史も含めて、これ以上の侮辱はありません」
「いや、しかし……」
「我らは王都を離れ、次は陛下と戦場にてあいまみえることでしょう」
「待て、賠償など、さまざまな補償をもって、この度のことは謝罪しよう! 償いは必ず……」
「我らは償いなど、求めてはおりません、陛下」
「な…………では、何を……」
「ニンゲンに、滅びを……」
そう言って笑ったロイエンタルジルは、それでも、この世のものとは思えぬほどに美しかった。
「はじめから…………このつもりで…………」
「いいえ、陛下。我らは長い友愛を求めました。しかし、ニンゲンはそれに欲望で答えようとしたのです。愚かにも」
「…………そう、か。そういうこと、か。もうよい。近衛ども、こやつを捕らえよ! 他の長耳も逃がしてはならん! 王城から出さずに全て始末せよ!」
「そう騒がずとも、すぐに、闇の女神の身元へ向かいますとも…………」
その言葉を最後に、ロイエンタルジルは懐剣を取り出し、自身ののどに押し当てて、床へと身を投げた。
倒れたロイエンタルジルの首のあたりから、血が流れて、周囲を赤に染めていく。ロイエンタルジルの首には懐剣の刃が貫かれて、妖しく輝いていた。
わしは、そうか、魔族の血も赤いのだな、と。
間抜けにもほどがあるが、そんなことを思ったのだった。
残る4人の長耳族は見つからなかった。
それもそのはずだ。やつらは姿形を変えることができたのだ。
あの耳とあの美しさを隠してしまえば、見つけられるはずがない。あの姿が目を離せぬほどに目立つ分、それがなくなるとどこへ消えたのか、わかるはずもない。
「陛下、これ以上の捜索は無意味かと」
「では、どうせよと」
「本当に魔族どもが攻めてくるとは限りませんが、まずは辺境伯へ早馬を。北方の防備を固めよとでも伝えましょう。そうですな、近々、王太子が視察に行く、とでも。それを理由に」
本当にこの宰相はいらぬ知恵だけは次々と出してくる。
「よかろう。それで、本当に魔族どもが攻めてきたらどうするというのだ」
「それこそ、辺境伯の腕の見せどころではございませんか」
…………確かに、それはその通りだ。その通りなのだが、今、突然、この宰相が本当に怖ろしいと思ったのだ。まるで、全てが、他人事のように。
「これまでも、辺境の小さな開拓村が魔物に滅ぼされるということはございました。ですが、それよりも大きな町などで魔物の被害が大きく起きたことなどございません。何も怖れることなどないのです。そして、本当に攻めてきたのなら、北の伯爵がご自慢の騎士たちとともにせっせと戦ってくれますとも。そのための辺境伯なのです。独立などされるのではなく、王国のために戦う。そして、戦力を削られれば、王家の話も通りやすくなるというもの。全ては考え方にございますれば」
「そなたは……」
「そもそも、魔族など、いったいどのようなものなのか、伝承以外では何もわかってはおりません。何もできないからこそ、陛下の前ですぐに自裁したのでは? そして、姿を偽り、隠れ潜むのが精一杯なのかと。そういうことなのではないでしょうか」
唇に油でも塗ったのではないかと思うほどよく動く口がつむぐ言葉を聞いて、この宰相なら、実は魔族と通じていたと聞かされても驚かぬかもしれぬな、と。
そんなありもしないことまで、わしは考えていた。
わずか数日の短い友愛の時。
もちろん、献上された20本の回復薬以上に、回復薬が手に入ることはなかった。
そして、その20本の回復薬も、魔族の物だとして、誰一人としてほしがる者はいなかった。




