王家の運命(さだめ)(7)
それは夏の始まりのこと。
地方領主たる貴族たちは、自領へと戻り始め、王都のタウンハウスが集まっている貴族街は少しずつ喧騒を失い、静かになっていく。
謁見の間に入ってきた商人は4人の従者を連れていた。
見たこともない変わった細工の入った金の腕輪を商人も、その従者も、5人全員が身に付けている。安い装飾品ではなさそうだ。従者に見せかけた商人の家族なのかもしれない、とそんなことを考えた。
この商人を謁見することに決めたのは、献上品が回復薬だったからだ。
辺境伯領からやってきたタソガレ商会というこの商人。
辺境伯に確認しようと思っても、あやつは黄の月になるよりも早く、領地が遠いということを理由に白の満月の半ばには王都を出ておるので、問い合わせもできぬ。以前は黄の新月の初めぐらいまでは王都に滞在していたものを。聞くところによると王都に長くいればいるほど、あの弓姫と呼ばれる美姫への求婚でうるさくてかなわんのだとか。
だが、今、回復薬といえば辺境伯領に一番多いというのが誰もが知る常識だ。献上品が回復薬であるというのならば謁見の手間を惜しむものではない。
「こちらを」
先に献上品を預かった侍従たちが恭しくわしと商人たちとの間に、台とともに布をかけた盆を用意して並べたところで、タソガレ商会の番頭という商人が口を開いた。
「うむ。見せてみよ」
そう答えると、タソガレ商会の番頭はさっと動いて、盆にかけられた布を取り払った。
そこには確かに、銅のふたのついた回復薬の瓶が並んでいた。数えると、20本はある。これはありがたい。かなりの数だ。
ごくり、と周囲の大臣や陪臣の中から、唾を飲み込む音がする。彼らにとっても久しぶりに目にする回復薬だ。
これを手にしたいと望む者は多い。
わしが受け取った後に、どうやっておこぼれに与かろうかと必死で考えていることだろう。
「……ありがたく、頂くとしよう。して、望みは何か」
「我らの、身の安全の保障を望みます」
「身の安全の保障、とな……」
「はい」
辺境伯領から回復薬を王都に届けた商人。
これを害する者といえば、辺境伯、か。王家にすら渡さぬと言い切ったはずの回復薬を横流しする者がいれば苛烈なあやつが許すはずもない。
辺境伯から手出しされぬように、ということなら、なるほど、身の安全の保障というのも重要なのだろう。
だが、回復薬の代償としては、釣り合いがとれぬ。王家御用達の免状のみで済むというのに20本の回復薬とは、こちらが取り過ぎだ。
「我らがどこで何をして回復薬を手に入れたのだとしても、我らが何者であったとしても、国王陛下による身の安全の保障を賜りたく存じます」
これは、辺境伯領で相当な危険を冒して回復薬を手に入れているのだろう。
「どうか、陛下の署名と玉璽の入った書状にて、保障を願いますれば」
「……この先も、そなたらと取引を続けることは可能か」
「保障を頂けるのであれば、最善を尽くしましょう」
「わかった。一度、下がるといい」
そこで、謁見は一度、中断させ、商人たちを下がらせた。
すぐに会議室で話し合う。
「辺境伯がこれ以上腹を立てると、独立しかねません。どうか、お考えを」
「いや、あの腕輪、従者までそろいであったぞ? おそらく従者とみせてあれは家族だろう。一族で辺境伯領から抜けてきたのだ。命がけで。しかも、回復薬を手にする手段をもって、だ」
「回復薬の価値は、何とも言えないところだが、ここ最近、王都には1本も入らない状況だった。ほしがる者は多くいて、あれだけあれば王家の影響力は増すだろう。継続して手に入るのなら、なおさらだ」
「辺境伯と敵対してもいいことはないぞ」
「いや、さすがに独立までは考えておるまい。あれは武骨な分、根のところで陛下への忠誠は揺るがんだろうよ」
「回復薬にばかり目を向けているから、そのようなことを考えるのではないか。あの死霊事件の考察にあるように、盾と槍を準備するなどで、回復薬の必要がない軍備をすればよかろう」
「愚かな。回復薬を軍需物資と考えるなど、それこそ武骨な辺境伯と同じではないか。戦争などもはや200年は起きておらんし、王都が攻められるようなことなどない」
口々に意見を戦わせているように見えて、何名かは回復薬がほしいという言葉が今にも飛び出そうな様子だ。
「……誰も、あの者たちの身の安全の保障をするな、とは言わぬのだな」
そう言って見回すと、誰もが沈黙する。
あの商人たちの身の安全の保障はすでに議題ではないのだ。
まあ、王家の玉璽が入った保障であれば、どこかの誰かに手出しをされることはまずない。されたとしても、害した者が王国によって滅されるだけだ。害することの弊害の方が大きい。
こちらとしては書類のみで回復薬の継続取引ができる。それがどこから、どのように調達されるのかは、いちいち問う必要はない。知らぬ存ぜぬで通すのみ、だ。
「書類の準備を」
「はっ」
陪臣や秘書官がすばやく動き出す。
トリコロニアナ王家は、回復薬にとりつかれていたのだろう。




