王家の運命(さだめ)(5)
宰相は4度、ハラグロ商会の一行へと襲撃を仕掛けた。
1度目は、どこかのならず者たちに金を与えて。
報告などせずともよいと言ってもきちんと報告してくる宰相の抜け目なさに、ある意味では頼もしさすら感じる。報告するのは責任を一方的に押し付けられないようにするためだろう。
盗賊として道をふさいだならず者たちを遠めに見張っていた宰相の手下の報告では、ハラグロ商会の馬車を停めることはできたが、馬車から降りてきた4人の男たちが大盾と槍を使って、8名のならず者をすぐに殺してしまい、残る2名は走って逃げたということだった。
2度目は前回逃げた2名に、さらに人を集めさせて、12人でハラグロ商会の馬車が野営の準備をしているところを襲った。
遠目に観察していた宰相の手下は、その12人が4人の男たちと、一人の少年によって全員殺されてしまったと報告したという。おそらく、その少年が『勇者』で間違いない。洗礼を受けたばかりだというのに盗賊に立ち向かうとはまさに『勇者』と言えるだろう。しかも、少年とは思えない強さだったという。やはり『勇者』となる者は違うのだ。
この時点で宰相からは、騎士と兵士を使うという連絡があった。
宰相には一部、兵権も与えられているので、特に問題はない。もちろん、盗賊という偽装だけは必ずするはずだ。
3度目の襲撃には騎士1名、兵士8名を含む、20人の盗賊がハラグロ商会の馬車を襲った。
遠目に観察していた宰相の手下によると、まずはならず者たちが先陣を務め、騎士と兵士たちは後詰を担当したという。
そして、ならず者たちの8名が殺された時点で一人の兵士が恐怖にかられて逃げ出し、それを止めようと余所見をした騎士が槍で貫かれて絶命、さらに兵士たちが逃走することになった。だが、そのほとんどは逃げ切れず、次々と槍の餌食になったそうだ。
ならず者たちよりも、兵士の方が逃げ出したのでは、偽装させた意味がない。我が国の兵士はならず者以下なのだろうか。それとも、訓練を積んで相手の力量がわかるようになったからこそ、ハラグロ商会の護衛たちに恐怖したのだとでもいうのだろうか。
逃げた兵士は宰相の手下が口封じのために始末した。
なお、この時も『勇者』の少年は剣を振るって3人を仕留めたとのことだった。
人払いをした執務室にやってきた宰相は、一度頭を下げるとすぐに話し始めた。
「次の襲撃に騎士を5名、使わせて頂きたいのです」
「騎士を5名とは多すぎるのではないか」
「それでも足りません。その中に、ファーノース騎士団から引き抜いた者を使わせて頂きます」
「それは、ならぬ」
「陛下。これは、必要なことなのです」
「いや、それは認められぬ。ファーノース騎士団出身の王国騎士は、あの辺境伯の薫陶を受けて己を磨き上げてきた者たちだ。汚れ仕事を命じられたら、その命令に従ったとしても、いずれその内容がもれることになる。それも、最悪の形で、だ」
「そこは処罰によって対応いたします」
「ならぬ。あやつらを汚れ仕事に使うようになっては、もう二度とファーノース騎士団から優秀な者を王国騎士へと移すことができなくなるのだ。絶対に認められぬ」
「ですが、陛下。力のある騎士でなければ、あのハラグロの護衛たちを倒せませぬ。このままでは『勇者』が王家の下には……」
「くどい。騎士を7名、動かすがよい。だが、ファーノース騎士を使うことはならぬ。よいか、ファーノース辺境伯の武への信念を甘く見てはならぬのだ」
「陛下……」
その報告は、宰相ではなく、南東部にある王家直轄地の政庁から届いた。
盗賊として捕縛されて政庁に差し出された者が、その後、証言を翻して騎士だと名乗っている、処罰はどうすべきか、と。
これがどこかの領主の村や町なら、宰相へ先に話が入ったことだろう。
それとも、ハラグロ商会は、わざと、王家直轄地の政庁へ騎士を捕縛して差し出したのか。
その意図は読み切れないものだ。
そして背筋が寒くなるのは、詳しい報告書に目を通した後だった。
捕縛された3人の盗賊は、拷問を受けていた。その拷問は、殴る蹴るなどという生易しいものではなく、手足の指を切り落とす、というものだったのだ。しかも、拷問によって、そのうちの一人が自分は騎士だと白状して拷問をやめるように訴えたところ、今度は騎士と言ったのは嘘だと証言を翻すまで指を切り落とし続けたという。
盗賊はその場で処刑してよいので、この拷問は全て合法だ。その点に問題はない。
問題は、ハラグロ商会が、盗賊として送り込まれた者たちが王国の手によるものだと確信を得ているだろうということだ。そして、騎士を数人、盗賊として送り込んでも、ただ返り討ちにするだけでなく、捕縛し、拷問できるだけの力の差がある、ということなのだ。宰相がファーノース騎士を要求したのも当然と言える。
ハラグロ商会から、そのことについて一切、何も言ってこないというのも不気味だ。
まあ、何かを言ってくるような関係性がないと言えばそれまでだが。
わしは3人の盗賊を即刻死刑とするように指示を出した。
南東部にある直轄地はすぐにラーレラ国の国境がある。他国においてハラグロ商会へと盗賊を差し向けるのはあまりにも危険だ。それに、これ以上はどのような盗賊を差し向けても、勝てそうもない。
宰相には責任を取らせたいが、さすがはあの男、わしにファーノース騎士を要求したことをもって失敗の責任を半減させることであろう。ファーノース騎士をわしが出し渋ることは想定内だったのだ。本当に喰えぬ男だ。どちらに転んでも、抜け道が用意されておる。




