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王家の運命(さだめ)(3)




 聖都から届く報告では、第三王子は聖女からまともに相手にされていないことが伝わってきた。


 そもそも王位継承問題と貴族たちの派閥争いを解消するための一手だ。わしはそれほど期待していなかったし、宰相もそれほど乗り気には見えなかった。これはわしの油断であったが……。


 ただ、聖女に関する報告には目を見張るものがあった。


 夜空のような黒い髪なのに時折星のようなきらめきを感じさせる輝きを放ち、その強い意志の力をあらわすかのような黒い瞳にはどうあがいても吸い寄せられてしまう、と。なぜ殿下がこの方に本気で惚れてしまわないのかが理解できないという文官の報告に宰相が苦笑していたのはわしも思わず笑ってしまったほどだ。


 だが、それだけの美姫であるだけでなく、王子とのやり取りからはっきりとわかる優秀な頭脳、学園内での聖女の振舞いと学生たちを掌握していく手腕。報告書で文字として書かれている文章の中の存在であるにもかかわらず、これほど王妃としての資質を持つ者など存在しないのではないかと思わせる、圧倒的な行動力。それだけの力を持つ者がさらに美姫であるというのは最高の資質でしかない。


 いつしかわしはこの聖女を王妃にできるのであれば、第三王子を王位につけてもかまわないと心から思うようになっていた。


 そして、その聖女から、第三王子の身分を廃して平民に落とし王国から追放することを条件に決闘を受けてもよいという返答が届いた。


 最初はその決闘条件がよく理解できなかった。


 なぜなら、第三王子の身分を廃することで聖女が得られる利益がどこにもないからだ。それでもこちらが想像もできない利益を手にするつもりなのだろうとは感じていたが、どちらかというと、とにかく第三王子を毛嫌いしていて、嫌がらせのような決闘条件でそれを遠回しに伝えている、と考える方が自然に思えた。第三王子がまるで害虫のように聖女様から嫌われているという、敬称の付け方がおかしいこれまでの文官の報告があったので、それが事実だと考えられた。あの文官は本当に優秀な宰相の腹心なのだろうかといらぬ心配までしたほどだ。


 決闘をはっきりと断るためのおかしな決闘条件、という考えもすんなりと理解できた。聖女はトリコロニアナ王国に嫁することを望んではいないだろうという文官からの報告とも一致する。


 だが、第三王子を廃することさえ飲み込むことができれば、決闘でこれほど王妃にふさわしい聖女が手に入るのだ。決闘などなかったことにせよ、とは言えなかった。


 決闘をすれば、勝敗は必ず決する。そして、決闘仲介人に聖女は大神殿から枢機卿を引きずり出してきたのだ。決闘条件は必ず履行せねばならぬ。


 わがトリコロニアナ王国のファーノース騎士団はソルレラ神聖国の聖騎士団と並んで、最強と名高い騎士団である。それも、騎士個人の力ではファーノース騎士団、騎士団としての力では聖騎士団と言われており、1対1での決闘ならばトリコロニアナ王国が負けることはない。しかも、第三王子の決闘代理人は王国の最強騎士と言われる男だ。聖女が聖騎士団の力を借りたとしても、負けることは考えられないだろう。


 ひとつ、不安があるとすれば、噂に聞くケーニヒストル侯爵家の『竜殺し』である。聖女がケーニヒストル侯爵家の令嬢であるからには、その『竜殺し』が決闘代理人となる可能性は捨てきれない。そうなると王国の最強騎士とはいえ、必ず勝てるとは、言い切れないのだ。相手は竜を倒した男なのだから。


 勝つか、負けるか、どちらに転ぶかわからぬ一手を打つというのは下策も下策。今は別に王国の存亡の危機ということもないのだ。この時はまさか王国存亡の危機がわしの在位中におとずれるなどとは思ってもいなかったのだから。


 細かな決闘条件を見直していくと、それはそれは、徹底的に抜け道を潰して、第三王子が元の身分はもちろん、我が国では貴族籍にすら戻ることができないように内容を詰めてあった。どれだけあやつは聖女に嫌われたのだろうかと、これで決闘に勝ったとして、まともな夫婦としての生活は望めまいと、そんなことまで思った。それでも、この聖女を王妃に迎えた場合の価値は揺るがなかった。


 宰相など、そこまで嫌われているのならば、聖女と第三王子は白い結婚として閨をともにさせないという決闘条件を加えて、第三王子が国王となったら公爵領を継ぐ予定の第一王子(現王太子)の子から養子を得て王子とし、王太子に育てればよいとまで言っていた。それはさすがに第三王子が可哀そうだとわしは思ったのだが……。


 宰相はこの決闘を受けるべきだと強く主張していた。わしは決闘の勝利が確信できずに迷い、受けるかどうか、決断できなかった。


 そこに、ケーニヒストルの『竜殺し』の話が届いた。


 ケーニヒストルの『竜殺し』は偏屈者で、侯爵の命令でさえ、まともに聞かず、自分が好きなようにしか動かない、という。そして、侯爵領の西端にある辺境の領地で引きこもり、夏の領都での夜会に顔を出すことなどなく、自由に生きている変人であるという。


 ケーニヒストル侯爵は『竜殺し』の扱いに苦慮しており、あの有名な影の侯爵と称される筆頭執事でさえ、『竜殺し』との駆け引きは困難だとこぼしていると。


「ケーニヒストルの『竜殺し』はおそらく動かぬでしょう。決闘は聖女本人からの返答であり、ケーニヒストル侯爵家からではございません。決闘の勝利は約束されたのです。陛下。ご決断を」


 宰相が厳かにそう告げ、わしは決断した。


 あの聖女を我が国へ。


 その思いが、我が子を捨てさせることになるとも気づかずに。






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