王家の運命(さだめ)(2)
新たな難問は、洗礼によってもたらされた。
それは慶事であると同時に、まっすぐと伸びていたはずの糸をぐちゃぐちゃに絡ませてしまうような出来事でもあった。
二人の兄と異なり、無能、愚物と評されてきた第三王子が神々から『聖騎士』の天職を授かったのだ。そう。そのこと自体は慶事であった。慶事としか言えないことであった。通常なら。
第三王子は剣においてはその才能を光らせていたため、いずれは臣籍降下にて公爵位を与え、騎士団長にでもなればいいと考えていた。
それが『聖騎士』となったことで、突然、王位継承問題が発生したのだ。いや、本当は突然ではないのだろう。見えないところ、水面下での動きで、ずっと王位継承問題は進行していたのだ。
それが水底から浮上してきたのは、王太子の婚約破棄の噂からだったのかもしれない。美姫に心奪われ、将来の王妃としてもっともふさわしい婚約者を棄てようとしたのだ。気の迷いからただ口にしただけのことだったとしてもあまりにも軽率過ぎた。元々は回復薬を求めて辺境伯との関係を強化したいとわしが考えたことがきっかけではあった。これも回復薬からなのだ。
そこに、失った影響力を取り戻そうとするメフィスタルニア伯爵の動きが絡んできた。
勇者の末であるトリコロニアナの王となるのならば『聖騎士』がふさわしいではないか、という声があちこちから聞こえてくるようになる。
密かに第三王子派と呼ばれる貴族たちが結集していくようになり、王位継承問題は、王太子派、第二王子派、第三王子派という三つの貴族たちの新たな派閥闘争へと動き出しそうな状態だった。
元々、王党派、王弟派、中立派という派閥が貴族たちの中にはある。その派閥の形を残したままで、次代の国王を見据えて、元々の派閥と関係なく祭り上げようとする王子に近づき、新たな派閥を組み立てていく様は見苦しく、それにもかかわらずそれらの貴族たちの力がなければこの大国を動かすことができないという現実に、ため息ももれるというもの。
こういう時、明らかに王弟派の中心人物と目されておるのに王弟派とは名乗らずひたすら北方を固めて武威を誇り、幼き頃より剣に才を示した第三王子を好ましく思い、それが『聖騎士』となっても変わらないというファーノース辺境伯の武骨さが眩しく思える。
だが、貴族たちの蠢きを座して見ている訳にはいかない。宰相と示し合わせて、これをなんとか解消しようと動く。
武に傾倒していた第三王子は、武骨者である辺境伯からはどちらかといえば好印象を得ていたこともあり、辺境伯との関係をよくするためにもそれがよいと考え、例の美姫と第三王子との婚約を打診することになった。第三王子は『聖騎士』となったのだ。しかも、こちらは婿に出すつもりでの打診だ。いずれは公爵位も与えるつもりで。これなら辺境伯も動くだろうと宰相も考えていた。辺境伯の立場から考えても最高の政略婚だと言える。第三王子本人はなぜか辺境伯を苦手にしていたようだが、王子の婚姻に私的な感情は関係ないだろう。
メフィスタルニア伯爵と仲が悪いファーノース辺境伯だ。第三王子と辺境伯が縁づけば、第三王子派などというぽっと出の派閥など自然と消えていくだろう。これは、あの美姫と第三王子が婚約するかもしれないという噂が出ただけでも効果があった。それほどあの二人の伯爵の仲は悪い、ということでもある。宰相の狙いは確かだった。
ところが、ファーノース辺境伯はこの婚約の打診を一蹴する。
あやつは王家に対する配慮というものをどこかに忘れてしまったのだろうか。
下火になっていた第三王子派は、つまりメフィスタルニア伯爵は、これで勢いづく。この権力闘争が好きな伯爵が領都を失い、王都の屋敷にずっといるのは害悪なのではないかとわしは思うようになっていた。
第三王子が『聖騎士』となったことは慶事であるはずなのに、国内派閥の大問題となって、ますます第三王子は厄介者となっていく。
そのうち、スグワイア国のケーニヒストル侯爵の娘が『聖女』となったという情報がトリコロールズにもたらされた。
宰相は、今度はこれに目をつけたのだ。
ケーニヒストル侯爵との関係はメフィスタルニア死霊事件によって悪化しており、これも改善するべき懸念事項だった。
『聖騎士』と『聖女』の世紀の結婚。これほど大きな慶事はない。これが実現したら、第三王子をそのまま王太子としてしまえばいい、という考えを宰相から聞いた時は、最初は耳を疑った。宰相は第三王子を国王にしてしまい、臣籍降下させた第二王子に公爵位を与えて宰相に据えるという、まさに離れ業とも言える発想を示した。優秀な第二王子なら、国政を大きく誤ることなどない。また、第二王子が宰相なら、国王となった第三王子が出過ぎることもない。婚約破棄騒動で株を下げた王太子はセルトレイリアヌ公爵家に婿入りさせて、公爵家を継がせればよい、と。
第三王子が『聖女』を射止められなかった場合は、その責任を問うという形で王位継承権を放棄させて騎士団長にでもすればいい。もともと、王太子派と第二王子派の争いはずっと続いていたことだ、と。
そこまでの考えを聞くと納得できた。
それならそのように動こうかとしたところ、王太子派からの横槍が入った。
『聖女』を娶るのなら王太子である、と。『聖女』が王妃というのは、勇者の末であるトリコロニアナ王家としては最高の婚姻ではないか、と。
第三王子と『聖女』を結婚させるつもりだという宰相との秘策を口にする訳にもいかず、押し切られる形でケーニヒストル侯爵に対して、関係改善のためにもと『聖女』となった侯爵令嬢と王太子の婚約を打診することになった。王太子派には婚約破棄騒動の焦りがあったのだろう。そして、この婚約打診も、またわしと弟の関係を悪化させる結果となってしまうのだ。
ケーニヒストル侯爵は、すでに娘をスグワイア国の王妃としており、外戚として大きな力を握っている。もちろん、それだけでなく、領地経営においても、世界最大の経済都市ケーニヒストルータを中心に成功を収めている。
『聖女』となった侯爵令嬢をトリコロニアナ王国の王太子と結婚させることで、河南のスグワイア、河北のトリコロニアナという南北二大国の外戚となることができる。これほど価値のある政略婚もないだろうと、いい返事を期待していた。ケーニヒストル侯爵家との関係改善が実現すれば、ケーニヒストルータからの回復薬が手に入るかもしれないのだ。
だが、予想に反して、ケーニヒストル侯爵からの返事は拒絶。
メフィスタルニアでの一件は、こちらが考えるよりも大きく響いているのかもしれなかった。
宰相は、腹心の文官を侍従として第三王子につけると、さらにはファーノース辺境伯との交渉で老練な駆け引きを行い、見事に説得して、ファーノース騎士団の最強騎士を第三王子の護衛騎士として確保した。
そうして第三王子に『聖女』を手に入れるよう命じて、わしは第三王子をソルレラ神聖国の学園へと送り出したのだ。
口説けなければ、決闘をしてでも手に入れろ、と。




