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会頭の役目(7)




 ケーニヒストルータの軍船は、わしらにケーニヒストルータへの入港を望んだ。


 これは、ハラグロ商会に対してケーニヒストルータの商船の利用禁止を侯爵閣下自らが命じていることを理由に拒絶した。


 何度かやりとりをした結果、船上での会談となったが、わしらの船で話すか、軍船で話すかでまたもめたので、船長に無視して船を進めるように命じた。


 錨を上げはじめると、軍船の方が折れて、わしらの船での会談と決まった。


 タッカルはケーニヒストルータに対して強気の対応でかまわないと進言してくる。オーナーは侯爵に対して抗命権を得ているので、ハラグロ商会はケーニヒストルータの軍船に従う必要などない、という考え方だ。


 ただ、オーナーは自身がハラグロ商会のオーナーであることを公表していない。


 タッカルの考え方で押し切るということは、オーナーが伏せている事実を明らかにするということにつながる。


 オーナーの意思を確認できない今、勝手なことは避けるべきだろうと、会談自体は拒絶せずに、できるだけわしらに優位な状態で会談できるように駆け引きをする。


 どのみち、『勇者』を取り込もうとする動きでしかないのだろうからな。










 軍船から小舟で移乗してきた使者に、船腹の入口は使わせず、縄梯子で船上までのぼらせる。


 タッカルのちょっとした嫌がらせだが、まあ、ハラグロ商会とケーニヒストル侯爵家の関係を考えれば許されることだろう。


 やってきたのは老執事と文官、騎士が1名ずつ。


 これはひょっとするとあの有名な影の侯爵と呼ばれる筆頭執事かと、少し驚く。


 侯爵不在時の全権を握ると言われる者がわざわざここまで交渉に来たというのなら、ケーニヒストル侯爵家の本気を見せつけようとしているとも言える。


「神々のお導きにより、ハラグロ商会の会頭、デプレ殿とお会いすることができましたこと、嬉しく思います。ケーニヒストル侯爵家、筆頭執事のオブライエンと申します」


「神々のお導きにより、ケーニヒストル侯爵家、筆頭執事のオブライエンさまとお会いできましたこと、こちらも嬉しく思います。ハラグロ商会、会頭、デプレにございます」


 驚きを隠しながら、あいさつを返す。


 このように丁寧なあいさつをしてくるとは予想外だ。


 伯爵相手でも平然と威圧するという噂は、今の姿からは想像できない。


 まあ、ウチのガイウスも、侯爵相手に一歩も引かないようなところがあるのだ。想像できなくとも噂のようなことはあるのだろう。


「船上ですので、ろくな用意もございません。立ったままとなりますがどうかお許しを」


 タッカルが早目に話を切り上げてしまうために考案した立ち話だ。


 ……やはりガイウスだけでなく、タッカルも、完全にケーニヒストル侯爵家を敵だと考えているとしか思えん。


「急な話を持ち込んだのはこちらでございます。どうかお気になさらず」


 会談の場所として妥協せずにこの船を望んだにもかかわらず、椅子も机も用意しなかったというのに嫌味のひとつもない。


「では手短に。何の用でございますかな?」


「この船で『勇者』を移送していると聞きました」


「それにお答えする必要がございますか?」


「『勇者』さまがまだ相手が決まっておらぬのであれば婚約を願いたいと」


「ほう?」


 脅迫、謀略、暴力で迫ったトリコロニアナと比べると、政略とはケーニヒストル侯爵家はずいぶんと下手に出てくるものだ。


 ケーニヒストル侯爵家には婚約者が決まっていない侯爵令嬢が二人いる。まあ、そのうち一人はお嬢さまなのでオーナーが何も言ってこないのに婚約などということはないだろう。


 そうすると、メフィスタルニアの小僧と婚約を解消したという孫娘の方か? だが、そちらの孫娘もオーナーに惚れこんでいると聞いているが……。


「大切なご令嬢の相手として、『勇者』をお望みですか?」


「いえ、ちょうどよい年齢の子爵令嬢がおります。結婚後はそのまま爵位も継ぐことができるよう、動く予定にございます」


「侯爵令嬢ではなく、寄子の中のご令嬢ですか? はて? 『勇者』との婚約をお望みなのですな?」


 ……おもしろい。孫娘は『聖女』の天職を授かったと情報が入っているが、こちらは知らぬとでも思っているのだろうか? それとも、『勇者』よりもオーナーの方を、つまり『竜殺し』をケーニヒストル侯爵家は重視しておると? まあ、実績から言えばそうだがな。


「『勇者』の相手に『聖女』となった侯爵家の姫を薦めず、別の娘とは、侯爵閣下はずいぶんと『勇者』を安く考えておられるようですな」


「……デプレ殿は、『勇者』の相手に我が家のお嬢さまをお望みか?」


 動揺を隠しているが、『聖女』となったことを知られているとは思ってなかったらしいな。


「私どもは『勇者』となった方の婚約に口を出すつもりはござらんよ、オブライエン殿」


「ならば、なぜ『勇者』の庇護を?」


「さるお方に頼まれた、と申し上げておきましょう」


「……ならばせめて侯爵家にもデプレ殿に協力をさせて頂きたい。学園のある聖都を目指すならばこのままケーニヒストルータに入港し、陸路を進むが最短です。我々がガイウス殿と話し合う機会がなく、このまま入港される気はないようですが、侯爵家としてはあなた方との関係の改善を望んでおります。ケーニヒストル騎士団から陸路での護衛も用意いたします。どうか、ご一考を」


 番頭のガイウスが関係改善に応じないからその上の会頭であるわしに関係改善を求めるか? 『勇者』の婚約は口実ということか? 本音はこっちかもしれんな。


「ケーニヒストルータには入港いたしません」


「そこをまげてお願いしたい」


「いえ、その必要はございません」


「なぜですか? そこまでハラグロ商会はケーニヒストル侯爵家と……」


「そうではござらん、オブライエン殿」


「何が……」


「私どもは聖都を目指しておらんのです」


「は……?」


 影の侯爵が目を細める。他領、他国へと『勇者』を売り渡すのなら、この場で刺し違えてでも止めるという表情だな。


 だが、それはいらぬ心配というものだろう。


 『勇者』は、表向き、ケーニヒストル侯爵家のものとなるのだからな!


「……ならば、どちらへ?」


 威圧を込めた影の侯爵に、わしは微笑みを返す。


「フェルエラ村、西レーゲンファイファー子爵家まで参ります。バーデンの港には子爵さまが護衛を派遣してくださる手筈が整っておりますので、ケーニヒストルータに入港する必要もありませんし、護衛の心配も必要ありませんな。ああ、『勇者』との婚約をお望みなら、私どもではなく、レーゲンファイファー子爵さまにお話くださいますように。もちろん、この場で『勇者』に手出しをするというのであれば侯爵家ご自慢のケーニヒストルの『竜殺し』が敵に回るとご理解頂きたい。では、これにて。どうぞお引き取りを」


 そう言われた影の侯爵の呆けた顔を見て、わしはにんまりと笑ったのだった。







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