会頭の役目(6)
トリコロニアナ王国を出て、ラーレラ国へ入る。ラーレラ国とハラグロ商会の関係はガイウスが進めた薬草取引によってきわめて良好な状態だ。
『勇者』を狙って動くどころか、進んで騎士団をハラグロ商会の馬車の護衛につけてくれるという厚遇。
これも、ハラグロ商会ならば、ラーレラ国に変事があった時、つながりのある『勇者』を紹介してくれるはずだという、口には出さない期待があるからだろう。ひょっとすると、トリコロニアナ王国内での盗賊たちの扱いがすでに耳に入っているだけなのかもしれないがな。
ラーレラ国はトリコロニアナとは比べようもない小国だが、大河に面する王都ラーレラの港はそれなりの大きさがある。
この港にはハラグロ商会の商船が並んでいる。
オーナーがどこからかいくつも竜骨を手に入れ、商会へと提供してくれたので、それを元に大船を4隻ほど新しく造ったのだ。
ケーニヒストル侯爵と番頭のガイウスが対立してケーニヒストルータの港が使えないことがやや不便ではあったものの、ケーニヒストルータに寄港せず、大河を上り下りすることで港のある国や領地と取引をしている。
ケーニヒストルータでもなかなか珍しい大きさの大船が、ケーニヒストルータを一顧だにせず通り過ぎていくのはなかなか快感ですとガイウスからの報告にあった。
あやつはいったいどこを目指しているのやら……。
幌馬車ごと船内へと乗り込む。それができる大船だ。御者が不安そうな馬たちに声をかけながらなでているのを横目に、馬車から降りたわしらは船室へと移動する。船内の階段がかなり急で、少し困っていた妻をレオン少年が優しく支えてくれていた。強さを求める訓練好きだが、こういう優しい姿を見せてくれると、強さとやさしさが彼を『勇者』としたのではないかと感じる。
ラーレラを出港すれば、ケーニヒストルータやトリコロニアナのサンドレイを過ぎたさらに西の、スグワイア国のバーデンローゼ伯爵領にある領都バーデンの港がオーナーの領地であるフェルエラ村にもっとも近い港だ。もっとも近いとはいっても、バーデンからフェルエラ村までは馬車で10日ぐらいはかかるらしいが。
スグワイア国でも、特に問題はない。スグワイアの国王はケーニヒストル侯爵に頭が上がらないからな。侯爵の第二子であるフロイレーヌさまが王妃なのだ。舅が国内も国外も目を光らせているからスグワイア国が安定している。
問題は、そのケーニヒストル侯爵ご本人が何かとハラグロ商会を疎んじていることだろうか。
最近は、なんとか関係を改善しようとしているらしいが、ガイウスがそれに応じないと。
本当にあやつはどこを目指しとるんだ?
順調な船旅に異変が起きたのはケーニヒストルータ沖を航行中のことだった。
これまでにない大きな揺れがあり、立っていたわしは思わず膝をついた。
「あなた! 大丈夫ですか?」
妻が慌てて駆け寄ってくるが、もう一度船は揺れて、膝をついたわしのところへ妻が倒れこんでくる。とっさに支えて、受け止める。
船室の床で膝をついて抱き合い、顔を見合わせる。
夜にベッドは共にしてもとうに房事をなすこともない二人だ。
不思議と頬が熱くなる。
「……なんだか恥ずかしいですわね」
「そうだな」
「会頭! 今……っと、し、失礼いたしました!」
船室に飛び込んできたタッカルが、何か言おうとしてわしと妻が抱き合っている姿を確認し、回れ右して船室を出ていこうとした。
「ああ、タッカル、よい。気にするでない。船が大きく揺れたので互いに支え合っておっただけだ。それで、何があった?」
久しぶりに抱き寄せた妻を離すことなく、そのままタッカルに問う。
なんとなく離したくない気分だったのだ。
「ケーニヒストルータの軍船からの停船命令があり、船長が急に舵を切りました。このまま無視して通り過ぎることも不可能ではありませんが、いかがいたしましょうか?」
「ケーニヒストルータ? 軍船だと?」
「旗は会談を求む、です」
「……ならば停船命令に応じるべきだろうな」
「わかりました」
「ああ、わしも行く」
そう言って立ち上がりながら、妻も助け起こし、さりげなく妻の額にそっと口づけた。
あ、という小さな妻の声にどきりとしながら、タッカルに続いて船室を出る。
そういう気分だったのだ。そういうことにしておこう。
だが、その気分を邪魔したケーニヒストルータの軍船とはな。さて、どうしてやろう?
……そういえば今、タッカルのやつ、軍船を無視してもいいと言っていた気がするが、気のせいだろうか?
ひょっとするとハラグロ商会の職員で何を目指しているのかわからぬ者はガイウスだけではないのでは……?




