会頭の役目(3)
タッカルを通してガイウスへと指示を出し、奴隷職員を公都へと集める。4人全員そろって行動できるまでは数日かかる。4人がそろえば出発だ。
その間、レオン少年は商会の裏庭でタッカルたちと訓練を続けていた。
わしは、王弟殿下の呼び出しに応じて、公都の城へと向かっていた。
「デプレよ、顔を上げるがいい」
優し気な声で王弟殿下が声をかけてくださる。
だが、声が優し気だからといって油断してはならん。
つい先日の洗礼を受けての呼び出しだ。
『勇者』に関することに決まっているのだから。
「神々のお導きにより、殿下と再びお会いできましたこと、大変嬉しく思います」
「堅苦しいあいさつは不要だ。私とそなたの仲ではないか」
……個人的にはそれほど大した仲ではないとは思うが、ハラグロ商会が公爵家にもたらしている利益も、公爵家からハラグロ商会が受けている恩恵も、どちらも大きいことは間違いない。
だが、直接言葉を交わす機会はそれほどある訳ではないのだ。私とそなたの仲などと言われても大した仲ではないというのが事実だろう。
ハラグロ商会は、どこかの貴族に取り込まれるような商売はしていない。
もちろん、公爵家は『ハラグロ御三卿』の筆頭などと揶揄されるほど、ハラグロ商会との縁は深い。
回復薬の格安な取引を土台に、護衛として騎士を派遣してくださるという、厚遇を受けていることは否定できない。
だが、ハラグロ商会は御用商会ではない。独立した商会だ。
「今、我が公都の神殿で『勇者』の天職を授かった者を保護してくれていると聞いた。感謝する」
……これは、私の『勇者』を神殿から守ってくれて感謝する、だが、そろそろ、こちらに引き渡すべきだろう、という意味だ。
つまり、『勇者』であるレオン少年を公爵家へ差し出せ、ということだ。
神殿の次は王弟公爵殿下がお相手とは、オーナーも次々と難題をくださるものだ。
もちろん、ここで差し出す訳にはいかない。
「殿下は、『勇者』とは何か、どのようにお考えでしょうか?」
私とそなたの仲、と言われたことを利用して、直接言葉を交わすことにする。本来ならば、直答を許されるまでは顔を上げてもあいさつだけというのが作法だ。
周囲の文官や騎士が動こうとしたが、王弟殿下がそれを制する。
殿下はよくわかっておられる。自分自身が言った言葉によって、わしが動いていることを。
「それは『勇者』の意味、を問うておるのか? それとも、私に『勇者』の伝承を問うておるのか?」
「いかようにも」
「ふむ」
王弟殿下の微笑みは崩れない。微笑みだが鉄仮面だ。これが殿下の怖ろしさでもある。
「トリコロニアナは勇者クオンの末であることは知っておるか?」
「もちろん、存じておりますれば」
トリコロニアナ王国の王家は、勇者クオンの血を引いていると伝わっている。勇者の血を引く者が建てた国というのが自慢でもある。勇者クオンは勇者シオンの子孫だと言われているので、トリコロニアナ王家は勇者の血筋ということになる。勇者シオンは2000年前、勇者クオンは1000年前の存在と伝わっているので、それが本当かどうかは怪しいものだが。
しかし、河北で最大の版図を有する、最強の国だ。
特にファーノース辺境伯領出身の騎士たちは、最強と言われる神殿の聖騎士団の聖騎士たちよりも強いとされている。
「ならばそうだな、こう答えよう。『勇者』とは、我が縁戚、我が一族である、と」
……『勇者』はおまえたちのものではない。私のものだ。さっさと差し出せ。そういう意味だ。
微笑む王弟殿下の御前。
ここがわしの戦場なのだ。
敗北は許されない。
ハラグロ商会は。
たとえ大貴族といえども、それにおもねることはない。
もしもの場合の指示はすでに出してある。
わしはここでこの命をかけるだけだ。
「私めは殿下とは異なる解釈を持つ者にござりますれば」
わしは、一段、声の大きさを上げて、そう言った。




