会頭の役目(2)
我々の目の前には、手の空いていた3人の神殿の聖騎士を一人ずつ相手にして、3人ともさほど苦労せずに打ち倒してしまったレオン少年が立っていた。
「そんなバカな……」
神官のつぶやきには力を感じなかった。
「もっと強い方はいませんか? これでは訓練にならない」
やはり『勇者』は、『勇者』なのだろう。数と質で最強である神殿の聖騎士団の聖騎士たちを、3人とはいえあっさりと打ち倒したのだ。
『勇者』ならば使えるはずの光魔法も使ってはいなかった。
剣技のみで。
鍛え抜かれているはずの聖騎士を。
「い、今、手の空いている聖騎士は……」
神官が慌ててきょろきょろと首を振る。もちろん、聖騎士はもういない。
わしが余計な心配をしなくとも、神殿ではレオン少年を鍛えることはできないようだ。これなら、レオン少年も神殿から興味を失うかもしれない。
「呼んできていただくことはできますか?」
……なんとまあ、訓練が好きな少年だ。
商会の職員が一人、すっとわしの横に進み出る。
「会頭……」
「タッカル? どうかしたのか?」
「レオン殿の相手をしてもよろしいですか?」
「おまえが? いや、だが、聖騎士たちですら……」
「どうか、任せてください」
「……わ、わかった」
タッカルは一度わしを裏切り、奴隷となった職員だ。タッカルが神官に近づく。
「神官どの、訓練用の大盾と槍をお借りしてもよろしいだろうか?」
「は?」
「『勇者』さまは訓練相手を求めているようだ。聖騎士たちは警備でこの近くにはもうおらんようだが?」
「商人ごときに『勇者』さまの相手が務まるとでも?」
「聖騎士に相手が務まったようには見えんが?」
「っ……」
痛烈な嫌味だな。いいぞ、タッカル。
タッカルは神官の答えを待たずに、訓練場にあった訓練用の大盾と槍を手にして、レオン少年の前へと進み出た。
「レオン殿、私が相手になりましょう」
「タッカルさん? 訓練とはいえ、危険ですよ?」
「ええ、存じております。どうぞ、遠慮なく。身を守ることくらいはできるように我々は鍛えております。商売にもたくさん危険はあるのですよ」
そう言って笑ったタッカルが、すぐに真剣な表情へと切り替えて、大盾と槍をかまえる。
レオン少年も剣をかまえた。
鋭い剣先がタッカルを何度も襲う。
あれに聖騎士たちは打ちのめされたのだ。
しかし、タッカルは着実にその攻撃を大盾で受け止めていく。
数度の攻撃を大盾で防がれたレオン少年はいったんタッカルから距離をとる。
だがそれは、まだ槍の距離だ。
一転して攻守交替。
踏み込んだタッカルの槍が一閃し、レオン少年が弾かれる。
最初の一撃はタッカルが与えたのだった。
神官が目を見開いているが、その気持ちはわかる。
わしも同じ気持ちだ。
オーナーが受けた神々の啓示によって伝説の『冒険商人』カルモーと同じ御業を身につけたとは聞いていたが、まだ成人したばかりの少年とはいえ聖騎士を倒した『勇者』と真っ向から戦えるとは!?
いや、タッカルのような者があと3人、ハラグロ商会にはいる。あの者たちも、これと同じことができるというのか?
だが、これならば……。
数分後、訓練場で膝をついたのは商人であるタッカルではなく、『勇者』のレオン少年の方だった。
タッカルは、レオン少年が発動させた剣神の御業さえも大盾で見事に防いでみせたのだ。
戦の女神にまつわる御業など使えぬはずなのに。
『勇者』を倒し、見下ろす商人。ありえない構図だ。
だが、そのおかげで。
呆然と立ち尽くす神官を置き去りにして、わしはレオン少年を商会へと連れて帰ることができたのだった。
……これもオーナーの読み通りなのかもしれん。やはり神々の啓示とは畏れるべきものなのだ。




