村の青年のはるかなる夢(2)
「ケーニヒストル侯爵領、フェルエラ村! レーゲンファイファー子爵家、家臣、オルドガ!」
大きな声が聖堂に響く。
呼び出し係の神官の声は、なんだか怒っているような感じがする。
名前を呼ばれたオルドガが壇上へ上がり、教皇さまの前に立つ。
そして、教皇さまのささやきに合わせてオルドガが手を伸ばす。
何をささやかれたのだろうか。
「……『冒険者』」
教皇さまのつぶやくような声のあと。
「オルドガ! 天職は『冒険者』! 天職は『冒険者』!」
呼び出し係の神官が、洗礼の結果を叫ぶと、ざわ、ざわ、と聖堂の中が少しうるさくなっていく。
よく聞き取れないが、周囲の人たちの話が聞こえる範囲で判断するなら、どうもオルドガは珍しい天職を与えられたらしい。天職というのはジョブだとアインさまは言っていた。アインさまの言葉は時々、他の人とちがったものがある。
しかし、オルドガが神々から与えられそうなジョブとして、アインさまは『冒険者』もありうるとおっしゃったような気がするんだが、そんなに珍しいのか……?
まあ、次はオレの番だ。
壇上から降りてきたオルドガが少し変な顔をしていた。
「どうした?」
「いや、教皇さまが……」
「静かにしなさい、次はスラー、君が呼ばれるぞ」
「は、はい」
イゼンさまにそう言われて、名前を呼ばれる前に立ち上がってしまう。
……順番がちがっていたらどうしようか。
「ケーニヒストル侯爵領、フェルエラ村! レーゲンファイファー子爵家、家臣、スラー!」
よかった。順番はまちがっていなかったらしい。
それにしても、緊張する。
壇上へと続く短い階段ですら、なぜだか歩きにくい気がしてくる。もちろんそんなものは気のせいなのだろう。
壇上には教皇さまがいる。
「こちらに手を伸ばして、そう、そのまま宝珠に触れなさい……」
教皇さまのささやきに合わせて手を伸ばす。
なるほど。洗礼のやり方を教えてくれてたのか。考えてみれば、当然のことだ。
洗礼は一生に一度だけのことだという。誰かに教えてもらわないと、その場で何をすればいいのかわかるはずがない。
そんなことを考えていたら宝珠が輝いた。
「……じゅ、『重装騎士』」
「スラー! 天職は『重装騎士』! 天職は『重装騎士』……じゅ、『重装騎士』ですと?」
叫ぶ係の神官がなぜか困惑している。
「重装騎士だと……?」
「100年、いや、150年ぶりぐらいか?」
「ライアス国の騎士団長以来ではないか……?」
オルドガの『冒険者』の時もざわざわとしたが、オレの番ではそれ以上に、はっきりと騒がしくなっていた。
そんなに珍しい職なのか?
これも、村でアインさまから聞かされていた、オレがなるかもしれない予想のジョブのひとつだったんだが・・・?
神殿からアインさまの屋敷に戻るまでも、戻った後も、ずいぶんといろいろな勧誘がオレとオルドガに対して行われた。
オレとオルドガは、アインさまの魔法で、一時的に村へと戻った。
その原因は、聖都のアインさまの屋敷で働くメイドが誘拐されそうになったことだった。正面からの勧誘はなくなったが、裏からの、脅迫のような勧誘がひどくなったからだ。
誘拐されそうになったのはメイドのカティラさん。オレたちと一緒に馬車で聖都までやってきた、子爵家のメイドの一人だ。
誘拐犯は二人いたが、どちらも両手の指をカティラさんに折られて悶絶し、そのまま捕まえて屋敷の地下牢に入れられている。イエナさまの教えによる不埒な男の撃退方法らしいがくわしいことはよくわからない……。
カティラさんはただのメイドだが、フェルエラ村の子爵家で働く者はみな、村の外への狩りに出るので、かなり強い。
だが、聖都でハラグロ商会を通して雇われた使用人はそうではない。
アインさまは聖都の使用人を改めてフェルエラ村の本邸の使用人から選出し直し、馬車での送り込むための護衛としてオレとオルドガを魔法で村まで連れ戻した。これは、加熱しているオレたちの勧誘への対策でもあった。
聖都の屋敷にはひと月交代で、フェルエラ村でも最強のティアマト隊とイシュタル隊がメイドとして詰めることになった。
オレたちよりもはるかに強い彼女たちなら、使用人を狙った連中の方が返り討ちに遭って痛い目を見るだけだろう。
そして、オレたちも今よりも強くなるようにと、アインさまは30日間連続でピンガラ隊を率いて里山のダンジョンへ挑み、まさに血を吐くような実戦訓練を受けた。
なぜかそこにはイエナさまの義妹にあたるヴィクトリアお嬢さまと、アインさま、イエナさまの義妹にあたるリンネさまも参加されていたのだが……。
魔物との戦闘は、リンネさまの範囲攻撃魔法に始まり、ピンガラ隊が殲滅戦に駆け巡り、最後はヴィクトリアお嬢さまから癒しをかけて頂く、という形で、延々と続いた。
10日目以降は里山ダンジョンの3層以降へと踏み込み……本当に死ぬかと思ったが、終わってみればピンガラ隊は全員、はるかに強くなって戻っていた。
……村でここまで強くなれるのなら、オレとオルドガは学園に行く必要があるのだろうか、と思ったのは秘密だ。
青の満月の半ば頃に聖都へ再び旅立ち、ケーニヒストルータを経由して、聖都へ。
アインさまの魔法で行けばすぐなのに、と思っていたが、これはオルドガに必要なことだったらしい。オルドガも洗礼によって転移の魔法が使えるようになっているので、いろいろと町や村を一度訪れておくことが必要なのだという。
再び訪れた聖都は、穏やかなものだった。勧誘など、どこにもない。
その代わり、屋敷の地下にはたくさんの人が閉じ込められていたけれど……。
おかえりなさいませ、とにっこり笑って出迎えてくれたキハナさんたちがあの連中を叩きのめして捕まえていると思うと背筋が凍る。
……アインさまを、レーゲンファイファー子爵家を裏切る? 誰が? あり得ないだろう?
地下にいる、捕えられた人たちの指がなくなった手足を見れば、そんな気持ちはなくなるに決まっている。ティアマト隊も、イシュタル隊も、レーゲンファイファー子爵家の敵には一切容赦がない。
いや、受けている恩から考えて、そもそもオレたちは裏切るつもりなどないのだけれど……。




