4.捨てたと思えば何でもできる|レオネル
「ウィンスロープ公爵閣下、この度は誠にありがとうございました」
「顔を上げてくれ、セアラヴィータ子爵」
俺の言葉に頭をあげたのは、異母兄ケインからセアラヴィータ伯爵位を継いだハロルド・フォン・セアラヴィータ。彼は先代のケインとその妻の罪の責任をとる形で伯爵位から子爵位への降格をヴィクトルに願い出て、王の許可が下りてセアラヴィータ子爵になった。
ケインの妻、あの夜会で父上にその悪行を暴露されたあの女は夫から離縁を言い渡されて古巣に戻った。あの女は元は下町の娼婦だった。
そんな女を伯爵夫人にしたケインは先々代伯爵の庶子で、先々代は嫡子のハロルドを後継者にしようとしたがその遺書がケインによって改竄されてしまいケインが伯爵になった。その改竄に手を貸したのが元妻、二人は共犯であり似た者同士。ケインも叩けばバンバンホコリが出て、それもアイシャが叩いたから出るに出まくって、その情報をもとにあっという間に失脚した。
「家のほうは落ち着いたか?」
「はい。事前にお話しを伺っていたので混乱も然程ありませんでしたので」
もともと清廉さを重んじるセアラヴィータ家にとってはケインたち夫妻のほうが異分子。当主だし一族が経営している学院の院長。長い一族経営であちこちに親族がいて粛清することもできず困っていたところ、アイシャから「引きずり降ろさない?」と提案されたから二つ返事で乗った。
「お約束のリストです。人物評を添えてはありますが、同僚だったマクシガン先生のほうが詳しいでしょう」
アイシャとしてはレオンのことがあったから夫人のことは許すつもりはなかった。しかしレオンの件に関与していないケビンに関してはセアラヴィータ学院の名前の利用と先生の紹介を条件にセアラヴィータ家と取引した。本当にちゃっかりしている。
セアラヴィータの腐敗はほんの一部。セアラヴィータ出身の者は国内外で活躍している上に同校出身者同士の結束が強い。それを利用しない手はないし、セアラヴィータ出身の元孤児というマクシガンの経歴はうちが作る学校に「使える」と俺たちは判断した。
マクシガンはもともとセアラヴィータ家が運営する孤児院にいた孤児で、その優秀さから先々代伯爵が知人の男爵に紹介して男爵家の養子になっていた。彼があの女に性的暴行を受けた件については実名を伏せる予定だったが、彼自身が自分と同じあの女の被害者が自分と同じようにあの学院の檻から出られるようにしたいと望んだため実名公開に振り切った。
あの女のその後についてだが、古巣の花街に戻っても先は明るくないだろう。この国の歓楽街を人差し指一本で操っていそうな人気高級娼婦がアイシャの大ファンなのだから。
「学院の建設は順調なようですね」
「順調どころか計画を巻いて進めているくらいだ」
「私も見にいきましたが、豪快な工事でしたね」
資金は有限なのだから節約して使わなくてはいけないということで、学校の建設はできるだけ自分たちの手でやっている。父上の趣味のリフォームは今では工事にまで発展している。最近はヒョードルも参加して老後の趣味にしようかと言っている。
ミシュアの樹に立ち寄りがてらアイシャも参加して、俺やマックスも手伝いに駆り出されて、精霊魔法を使っているので工事は安価に着々と進む。
魔法による轟音に警ら隊には魔物の襲撃かと不安になった王都民からの問い合わせがあり、警ら隊はかくかくしかじかと事情説明を兼ねて学校の建設について話している。「宣伝費がかからなくていいわ」とアイシャは工事の手を緩めない。
「平民の授業料は無料と聞きましたが、寄付のほうは大丈夫なのですか?」
「寮完備というわけではない学校だから運営資金については私とアイシャの稼ぎでやっていける予定だったが、わんさかと寄付の願い出があるのでそれを上手く運用して資金を作っていくことができそうだ」
この一件以降、ウィンスロープ公爵家が作る学校の件は話題にはなっても悪いようには言われなくなった。雉も鳴かずば撃たれまいということ。すでに鳴いてしまった雉たちは寄付金という形で誠意を示している。
学校は平民街と貴族街を隔てている丘の上で建設が進んでいる。
最初は小さな校舎で周りの木々などが邪魔して学校の存在に気づきにくいが、生徒が増えて専門性が上がったら建物を増やしていくというのがエレーナとレオンの案だった。寄付金のおかげで俺たちの稼ぎをそっちに回せるから、専門学科の棟も予定よりかなり早く着手できるだろう。
エレーナたちの目的は、平民を舐めたら痛い目にあうぞと警告すること。常に目に入る位置に学校を配置し、徐々に大きくしていく。コツコツと、そしてネチネチと学校を無視できないものにする。
アイシャが考えそうなやり方をエレーナたちが考えたときには笑ってしまった。
◇
用事の済んだ子爵が帰るとアイシャを探し、壁にくっついた何個もの氷に気づいた。階段のようなそれを昇り、屋根の上に座って学校のほうを見ているアイシャを見つけた。
日が暮れ始めたから風が冷たい。
俺は上着を脱ぐとアイシャに掛けた。
「ありがとう」
アイシャは小柄なので俺の上着にすっぽり収まる。こういう姿はいつでも俺の庇護欲をそそる。実際は見た目詐欺で剛毅と豪胆をブレンドしたような女なのだが。
「現場にまだ灯りがついているな、もうすぐ夜だぞ」
「マクシガンは少し張り切り過ぎね」
そう言ったアイシャが俺にしがみついてきた。珍しいけれど、驚きはしない。
「……レオ、ありがとう」
アイシャの礼に俺は言葉で応えず、その体を抱きしめてご褒美をもらうことにする。アイシャもそれを分かったのだろう。俺の腕に手をかけ、甘えるように頬を寄せる。
「慰謝料がこんな風に使われるなんて思ってもみなかった」
「俺もだ」
「レオのことだから遺産で残すんじゃないかと思った」
「……そうか」
「燃やして無駄にしなくて良かった」
……本当に、遺産にしなくてよかった。
「アイシャ」
太陽が完全に沈んで周囲が暗くなる。
アイシャの表情が影になり見えないことが不安になり、俺の不安にアイグナルドが煽られたのかアイシャの周りを飛んだ。熱風が巻いて、夜空に引かれるように銀色の髪が揺らめく。まるで空に連れていかれそうな光景に、アイシャを抱きしめる腕に力を籠めた。
「ごめんな」
俺の腕をアイシャの手が軽くポンポンと叩く。
「慰謝料のこともだけど……ガキのとき、お前を馬鹿にして悪かった。お前ができなかったのはお前のせいじゃないのに」
「でも、できないままでいいと思っていたと思う。馬鹿にされてよかったのよ、おかげで今の私があるのだから」
「でも……「謝罪じゃなくてショートケーキでお腹いっぱいになりたいわ」……もう準備できてる」
流石と笑うアイシャに俺の腕から力が抜ける。でも放してほしいとはいわれなかったから、アイシャを抱きしめたまま離さない。
「まだ痛いわ……馬鹿力」
「嘘つけ、いつもこのくらいの力で抱きしめているだろう? 大丈夫、暗くて見えないから」
俺の腕を引きはがそうとしていたアイシャの手が震える。
「馬鹿」
「はいはい」
俺は小さく震えるアイシャの肩を抱きしめる。暗くてよく見えないけれど、アイシャの泣き顔は分かるから。
「大好きだよ」
「……分かってる」
「こういうときは『私も大好き』って言うもんだぞ」
「気が向かないの」
アイシャの不貞腐れた言葉に俺は笑う。
「いつ気が向くんだよ」
「いつか向くわ」
◇
「閣下、今日はどうしましたか?」
「そろそろ冷える時期だから子ども用のマントを持ってきた」
恐縮するマクシガンに夫婦で共稼ぎしているから気にするなと俺は笑って押しつける。
「学校のほうはどうだ?」
「子どもたちのほうは何とか形が整いはじめました。私どもも慣れておりますし、試行錯誤でもいいからとレオンハルト公子様が率先して色々なルールをみんなと考えてくださっています」
セアラヴィータ学院は外と隔絶されるため必然的に生徒同士の距離感が強くなり、学生の中でリーダークラスができて彼らが統治する形が伝統となっている。そんな環境で育ったからかレオンは子どもをまとめるのが上手い。
「子どもたちの学校が終わったら大人の時間ですが、そちらのほうは形になるまで暫くかかりそうです」
「初めての取り組みはそういうものだな」
このフォセ学院は昼の時間は子どもたちが通い、夜の時間は大人が通ってくる。子どもは無料だが大人は有料。読み書きや計算の授業(全8回)は平民の一食分の食事代程度で受けられるが、法律や簿記など専門性の高い授業はそれなりの授業料をとっている。
それでも学ぶ者がそれなりにいるのは、修了後は国の機関や民間への就職を支援する制度があるから。これにはヴィクトルを始めヒョードルの新聞社やアイシャが魔石で恩を売ったフーロン商会が協賛している。
チェッコリ商会のトムソン爺さんが教鞭をとる農法の実地演習は人気のある授業で、その予約は3年先まで埋まっている。トムソン爺さんは長生きしないといけないと毎日健康に気を配っているらしい。とてもいいことだ。
「私に学校を任せるなんて金をドブに捨てるようなものだと言ったとき、皆さんに大笑いされましたよね」
あったな。それで「もともとドブに捨てるつもりの金だから」とみんなに言われてマクシガンは目を白黒させていたんだ。
「まさか学園名をフォセにするとは」
「フォセ」とはドブという意味の言葉。おかげで「ドブに捨てたつもりで」はこの学院に寄付する貴族たちの笑い話になっている。
「いいじゃないか。もともと見返りなど求めないのが寄付というものだ」
「皆さまの名前が千年先の人々の耳にも届くように一命を賭して頑張ります」
俺の言葉にマクシガンは笑うと、左胸に手を当てて敬愛を示す礼をする。
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