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「馬鹿な人たち。正志さまの思惑通りだよ」

それを見ていた香が冷たい声を上げる。

「お嬢さん。思惑通りとは……?」

「正志さまは、私たち一人ひとりが審判を受けることになるって言っていた。周りに流されずに自分で判断しろって。ああやって自分たちが正しいんだなんてわざとらしく主張なんかしなかった。ただ自分を信じるか、信じないかの選択肢を示していただけだった」

弓たちを崇拝する信者たちを軽蔑した目で見る。

「それで……」

「わかんない?正志さまはこれからくる大破滅に対して、全員は救えないってはっきり言っているんだよ。みんなが崇めているから、弓とかいう人が正しい-そんな自分の意思を持たない安易な選択をするような人たちなんて、真っ先に見捨てられてしまうのに」

香はふふんと鼻で笑った。

「……では、吾平正志の方が言っていることは正しいと……」

「当然。正志さまは大破滅が来たら、100万人程度しか救えないっていった。世界人口70億人だとすると、7000人に1人しか救われないんだよ。これから大きな環境の変化があるのに、みんなと同じ選択なんかしていて救われるわけないじゃん。この人たちって、馬鹿なんじゃないかな」

香は平然と、弓たちを崇めていれば救われると無邪気に信じきっている善男善女たちを見切る発言をした。

香の発言を聞くうちに、木本警部もどんどん不安になってきた。

「たしかに、環境に適応しすぎた存在は、環境が激変するとあっという間に滅んでしまう。恐竜の絶滅をはじめとして、そんな例は無数にある……」

そう思い、木本警部の背筋が寒くなる。

「お父さんはどう思っておられるのですか?」

思わず木本警部は父親に助け舟を求めるが、彼は首を振った。

「残念ながら、娘の言うとおりでしょう。近いうちに大破滅が来て、私たちは滅びるのでしょう。娘はおそらく助かりますが、私は……」

そういうと、父親は悲しそうに目を閉じる。それを見て、香も悲しそうな顔になった。

「……あなたはそれで平気なのですか?」

「残念ではあります。しかし、皆が滅びるなら、私も運命をともにすべきでしょう。私が無理に助かろうとすれば、一人の若者の席を奪うことになります。私に許されたことは、その日が来るまで娘と幸せに暮らすこと。今はそれ以上は望みません」

父親はそういうと、香を抱きしめた。

「私はどうすればよいのでしょうか。実は……」

木本警部は、父親に自分の息子のことを話す。実は彼の息子も学校で苛めにあって不登校を続けていたが、あの事件以来正志を崇拝しており、父親である彼の言うことを聞かなくなっていた。

「救世主正志さまは絶対に蘇る。その時、僕も彼の元に馳せ参じる」

そういって、家を出る用意をしている始末だった。

彼が今日ここに訪問したのも、香の様子をみてなんとか説得する材料探したかったからだった。

だが、飯塚父娘はすでに覚悟を決めており、運命を受け入れる気になっている。彼らのように正志に救われたわけではないが、間近で正志の力をみて否定もできない彼は、どうすればよいかわからなかった。

「木本さん。あなたの葛藤はわかる気がします。しかし、息子さんの邪魔はせず、彼の選択に任せてあげてください。大破滅がいつ起こるのか、誰にすがるのが正しいのかはそのときになってみないとわかりません。しかし、悔いのない選択に自らの身を任せる自由は認めてあげてください。無理に親の意見を押し付けると、裏目に出たときに後悔してもしきれなくなります。息子さんの未来は、息子さん自身にえらばせてあげるべきだと思います」

父親が静かに諭してくる。

それを聞いて、木本警部は深く頷くのだった。


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