信じるもの
そして、正志に救われた飯塚香とその父親は、自宅で身辺整理を行なっていた。
母親は交通事故でなくなっており、今は父と娘の二人暮し。
父親は正志に協力して彼をテレビ局まで運び、娘は彼に助けられたことで警察の事情聴取を受けていたが、なんとかテロリストに加担したのではないかという疑いも晴れて解放されている。
しかし、テレビ局のヘリコプターのパイロット職は退職に追い込まれてしまった。
それでも父親は娘を救ってくれた正志に深く感謝している。
「お父さん、いつから富士山の近くにいくの?」
娘の香が明るく聞いてくる。
「そうだな。こっちでいろいろ整理して、マンションも売り払って……。まあ退職金は雀の涙だったが、なんとか新しい土地でやり直せるだろう」
「うん。楽しみだね」
歩けるようになった香は毎日楽しそうに歩き回っていた。
「ねえ……。この人って大人気だね。正志様を問答無用で消した人なのに」
夕食の席でテレビを見ながら父親に話しかける香。テレビには東京69を始めとした芸能人たちを一緒に笑顔を浮かべている弓たち三人が映っていた。
「ああ……。私も彼と話したが、確かに彼は残酷で人の命を軽視するところもあった。しかし、だからと言って彼を全否定することもできないだろう。決して話してわからない人じゃなかったと思う」
テレビの弓を見ながら言う。
「正志様は氷河期が来るっていったんだよね。私に富士山の近くで待っていろって。でも弓っていう人は正志さまが氷河期を引き起こすって。どっちが正しいんだろう」
暗い口調で言う香。彼女は真剣に悩んでいた。
「結局のところは、どちらが正しいかわからん。だけど、少なくとも私達は彼に助けられた」
「そうだよね。神様が存在してたって、私を助けてくれたわけじゃないし。助けてくれたのは、正志さまだった。それも何の見返りも求めずに。あの人が本当に悪魔だったとしても、恩は恩だしね」
「ああ、私達だけは彼を信じておこう」
父親はしみじみとそういった。
ピンポーン
その時、玄関のチャイムが鳴った。
「誰だろ。こんな時間に」
「また取材とやらかな。下手に相手にすると私達まで悪の手先だというようにスケープゴートにされる。私が対応しよう」
そういって玄関のオートロックの画面をみる。
「はい。どちら様ですか?」
マンションの玄関には、中年のおじさんが来ていた。
「はじめまして。私は木本というものです。少しお話を伺いたいんですが……」
そういってインターフォンに警察手帳を見せる。
「お父さん。警察の人だって」
「……またか。追い返すわけにもいかないな。どうぞ」
父親は頷き、木本警部を招きいれた。
「いや、毎度ご迷惑をおかけします」
リビングで出されたお茶をすすりながら、木本は礼を言う。香はこの来客を歓迎してないようで、不機嫌な顔をしていた。
「何の御用ですか?お話はもう散々しましたけど」
香は不快そうに言う。あれから正志との関係を疑われ、何日も事情聴取という名目の取調べを受けた。
もっとも本当に何も知らないで何も話せなかったのだが。
「いや、今日来たのは本当は警察としてでは無くて、個人的に話がしたいと思いまして」
「警察としてではない?」
父親がそれを聞いて首をかしげる。
「ええ。私はあの事件の担当だったのですが、殆ど何もできなかったのですよ。そのことの責任を追求されてしまいまして……来月、地方に出向することになりました」
木本警部は苦笑する。
「それは……お気の毒に。あの人を相手では、誰が担当しても同じだったでしょうに」
「いえ……これも運命なのでしょう。確かに間近であの事件を見た身としては、現代科学では対抗できない不思議な力を使う存在に対して我々は無力でした。あれは断じて嘘でもトリックでもない。吾平正志が救世主かどうかはともかく、何らかの不思議な力をもっていたことは間違いないでしょう。彼女たちと同じに」
木本警部は沈んだ声でテレビを指差す。。
テレビには光り輝く衣装を纏った弓と、正志の家族が映っていた。
「正人くん。これでもう大丈夫よ。私が助けてあげる」
湯は病院を訪れて、寝たきりになっていた正志の兄の正人に聖なる光を当てる。
徐々に衰えた筋肉が蘇り、力強い体に戻っていった
「動く……動くぞ!弓、ありがとう!」
ベッドから起き上がり、弓と抱きあう正人。
「弓お姉ちゃん……私もお願い!」
弓に抱きついて頼む澄美。相変わらず彼女の顔は腫れたままだった。
「もちろんよ。貴女は私の妹だもの。さ、こっちに来て」
椅子に座らせて、澄美の腫れあがった顔に手をあてる。
見る見るうちに元の可愛い顔に戻っていった。
「奇跡だ……」「本物の聖女だ……」
その様子を報道していた者達がどよめく。
まるで本物の家族のように抱き合う姿は美しかった。
「みなさん。吾平正志は実の家族にすら呪いをかける鬼畜です。彼らは私の幼馴染であり、家族同然の親しい仲です。皆様の中には悪魔である正志の家族であるということで吾平家の皆さんによくない感情を思われる方もいらっしゃると思いますが、彼らも被害者なのです。責めないであげてください。正志を除く吾平家の皆さんは、私にとっても家族なのですから……」
弓の清らかな声が全国に響く。その姿は全国に感動を与えた。
「弓様!救世主様!」
「私たちはあなたに従います!」
それを見た日本中で熱狂が沸きあがる。すっかり正志は悪魔であり、弓たちが本当の救世主であるという風潮が出来上がっていた。




