上田明
井上学園の近くの一般家庭
正志による惨劇を免れた、ただ一人の1-Aの生である上田明は、自室でもくもくと勉強していた。
「……はあ……」
目は参考書を見ているが、頭にはその内容は入ってこない。
彼の頭に占めるのは、正志に言われたことだった。
「俺に魂を売らないか?」と誘われたときは、恐怖のあまり断った。不思議な力をつかう彼は、本物の悪魔のように見えたからだった。
しかし、その後に言われたことが彼をずっと苦しめていた。
「どうするか自分で決めろ。そのまま逃げて俺に二度と関わらないか、それとも戻ってきて俺に従うか。前者なら少しの間は平穏に暮らせるが、その後は地球上を襲う地獄に巻き込まれるな。もし後者なら、生き残る資格ありだ。こうやって話を持ちかけられるだけでも、すごい幸運なんだぜ。いずれ、俺の手を取るために何万人もの人間が群がってくるようになるからな」
彼が言っていることが、単なる法螺話ならそれでいい。しかし、本当のことなら、いずれ自分も彼の言う『地獄』に巻き込まれることになる。
「……そうなったらどうなるんだ?こんな勉強なんかに意味はあるのか?」
頭の中で必死に否定しても。正志によって植えつけられた不安は解消されなかった。
「……ええい。やめた!」
勉強に集中できず、明はテレビをつける。
すると、正志が東京69のメンバーたちを四つんばいにさせ、えらそうにその背に足を放り出している場面が映った。
「ぶへっ!」
びっくりしてテレビにかじりつく。実は明は東京69の重度のファンで、ひそかにサイン会に言ったりグッズを買いあさっていたりしていた。
「あ、吾平、何してんだよ!やめろ!こら!」
必死にテレビをゆすっても、もちろん何もできない。
彼が何万円も投資してグッズを買いあさり、やっとのことでちょっと握手できたりするだけの高嶺の花たちが、正志によって踏みにじられていた。
「ぐっ……くそっ!」
それを見ていて、もちろん怒りを感じる。しかし、それより強いのは、奇妙な敗北感だった。
「俺が品行方正に生きて、必死に勉強して親の機嫌とって、やっともらった小遣いをやりくりしてようやくちょっとだけ触れる彼女たちを、まるで下僕みたいに支配している……」
正志に対して強烈な嫉妬がわきあがってくると同時に、自分がこのうえなく惨めに感じられた。
『畜生!畜生!」
涙を流して悔しがる明に聞こえてきたのは、正志の甘い誘惑だった。
「全国のこの姿を見ている奴等に言っておく。俺のように新人類になれば、昨日まで指をくわえてテレビ越しに見るしかなかったアイドルもこうやって足元にひれ伏させる事ができる。チャンスは平等だ。金も社会的地位も意味はない。ただ自らの決断のみだ。今の社会では生きづらい者、踏みつけにされている者、女の一人すら手に入れられない者に告ぐ。私の元にくれば、新人類に昇格し、すべてを手に入れられるだろう」
そう轟然と嘯く正志は、確かにもうただの人間ではなかった。
その姿をみているうちに、明の中である想いが膨れ上がってくる。
(俺がこのまま真面目に勉強して、いい大学にいって、いい会社にいったからって、なんになるんだ。どうせ大したことのない一般庶民のままで終わって、アイドルみたいな美少女と結婚なんてできはしない。しかも大破滅がきたら全部おしまいだ)
明は急速に正志に魅せられていく。
「どうせ人生は一度限りだ。あいつの言うことが正しいのかもしれない」
そうつぶやくと、明は部屋を出て行った。
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