魂を売った者たち
校舎の中。
何人かの少女が、声を張り上げながら歩いている。
「正志様は本当の救世主です」
「罪を犯したものたちよ、悔い改めましょう」
「今までの行いを反省し、正志様に魂を売って、彼の救世に協力しましょう」
彼女たちは一クラスずつ回って、残った人質たちを説得をして回っていた。
「あいつに魂を売れば……救われるのか?」
1-Aに残った男子生徒たちの一部が、必死になって聞き返す。彼は正志に対して悪口を言ってからかっていたので注目されて悪行カウンターが増えていたが、生活態度自体は比較的まじめにしていた普通の生徒である。
善行カウンターもそれなりに溜まっていた。
「ええ。正志様は慈悲深い方。よほど許されない行いをした者でなければ、魂を売れば許してもらえるでしょう」
理沙たちは工藤や島田などの一部の男子を見て言う。自分のことを言われたと思った工藤は激高した。
「ああん。なめた口きいてんじゃねえぞおら!」
殴りかかろうとしたが、次の瞬間激痛が走る。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「およしなさい。すでに私たちは正志さまに魂を売って、『信徒』となりました。正志様は私たちの身も守っていただけます」
理沙は厳かに言い放つ。それを見て正志を積極的にいじめていた男子は恐れ、逆にそこまでひどい事をしていなかった男子は希望を抱いた。
「ホ、本当に魂さえ売れば、許してくれるのか?」
「ええ。私たちの善行カウンターを見て御覧なさい」
理沙に言われて、あわてて彼女のページを開く。悪行カウンターは今までどおり数万だったが、善行カウンターは∞になっていた。
゜ほ、本当だ……」
それをみた男子生徒たちは、うらやましそうな顔をする。
「もちろん、我々は正志様の直接の僕である『使徒』様とは違います。得られる加護も少なく、これからの道は険しいものになるでしょう。しかし、それにくじけず。一人でも多くの人を正志様に帰依するように努力を続けると……」
理沙はすべての悩みから解放されたような透明な微笑を浮かべる。
「ど、どうなるんだ?」
「約束の地『エデン』へと導かれるでしょう。これは私たちのような罪人にとって、唯一与えられた救いなのですよ」
理沙はそういって、にっこりと笑った。
「お、俺もあいつに魂を売る!」
「このままじゃ、何されるかわかったもんじゃねえ!」
理沙の説得に、男子生徒たちの中からも賛同者が現れる。
「お前ら、馬鹿かよ!あいつを散々苛めていた俺たちが許されるわけないだろうが。もう諦めろよ。何をしても無駄なんだよ」
工藤啓馬が弱々しく反論する。いつも粋がって正志を率先して苛めていた彼だが、さんざんネットで叩かれて気力を失っていた。
しかし、それに同意したのは島田光利やその他の特に正志を苛めていた生徒だけで、他の男子生徒は目の前に垂らされた救いの糸にぶらがろうとする。
『お前らは好きにしろよ!」
「俺はもううんざりなんだよ。苛めるのも、苛められるのもな!」
ほとんどの男子生徒たちは理沙についていく。そんな彼らを、工藤たちは絶望しきった目で見つめるのだった。
校舎の外
急に大勢の生徒たちが校庭に出たので、警察は色めき立つ。
「何が起こったんだ?生徒たちは解放されるのか?」
徹夜して顔色が悪い木本警部が疑問思う。
「警部!見てください!」
部下の警察官がパソコンを持ってくる。残っていたほとんどの生徒の善行カウンターが『∞』に変わっていた。
「まさか、犯人かこのばかげたゲームをやめて、人質を解放するきになったのか?」
木本警部は首をひねる。ネット上でも『何があった?』『残っていた奴が解放されるのかも』とこれからの展開に期待する書き込みが増えてきた。
テレビ局のカメラもいっせいに出てきた生徒たちに向かう。生徒たちの先頭にいた真面目そうな女生徒は、カメラに向けて微笑んだ。
「私たちは、正志様によって救われた者たちです。彼に魂を売ることで、真の救いを与えられました」
その発言に思わず引いてしまうマスコミ関係者に、理沙はさらに続ける。
「正志様の救いは、信じるもの、悔い改めた者に平等に与えられます。しかし、大破滅までの残された時間は多くありません」
一度言葉を切って。クスリと笑う。
「この放送をみている貴方方、一人ひとりに選択が求められています。正志様に魂を売って救われるか、愚かにも地上の価値観にしがみついて大破滅で虚しく死んでいくか。正志様の手は二本のみ。救いの御手は限られています」
理沙は厳しい顔になる。日本中がシーンと静まり返って、彼女の言葉を聞いていた。
「正志様は今の世界にしがみ付く者から見ると、邪悪な悪魔に見えるかも知れません。ならば、私たちはあえて名乗りましょう。私たちは新たなる人類『魔人類であると」
自らを悪魔の一味だと宣言する理沙にも日本中が驚愕した。
「これからの大破滅、神の救いはあてになりません。あなたがたを救えるのは、われわれ魔人類のみです」
理沙がそこまで話したところで、木本警部が割って入った。
「さあ、もういいだろう。君は疲れているんだ。早く病院にいきなさい。救急車を用意してある」
そう告げる彼に、理沙は哀れんだ目を向ける。
「私たちはいかなる傷も負っていません。ですが、それが貴方たちの望むことなら、従いましょう」
そういって、理沙と生徒たちは救急車によって病院に運ばれた。
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