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おいしいゴハンの、そのあとで。





「ふ~……」


お腹いっぱい。しっかりデザートまで食べちゃった。

……デザートは奢りに入らないっていうのは腑に落ちないけど、まあ仕方ない。先輩は甘いのよりお酒って感じで、食べたの私だけだったし。なによりも久しぶりに誰かとゆっくり食事をして、楽しかったし。


夜風の気持ちよさに目を細めた私は、同じように目を細めていた先輩に視線を送る。アルコールのせいか、ちょっと顔が赤い。街灯の明かりのせいかな。


「ごちそうさまでした。

 美味しかったです」

「いえいえ。

 たまには街の食堂もいいもんだね」

「え?

 じゃあ普段はどこで食べてるんですか?」


まさか、もっとお高いとこ?

護衛騎士って、そんなにお給料いいの?


信じられない気持ちで先輩を見上げたら、呆れたと言わんばかりの溜息が降ってきた。


「……自炊してますが何か」


料理できる人だったとは。

もっと信じられない気持ちになった私は、たぶん失礼な表情をしてたんだと思う。先輩の目尻が、くいっと吊り上ったから。




話題を変えよう。

またポンコツ呼ばわりされそうな雰囲気を肌で感じ取って、私は慌てて口を開いた。


「そ、そういえば!

 先輩ってば、図書館司書だったんですね。

 もともと下っ端騎士なのかと思ってた。

 “異例の大抜擢”の意味がすごくよく分かりました」


言い終わるよりも早く、脳天が痛む。先輩の視線が槍みたいに刺さってるのが分かった。

どうしよう、話題選び、早速間違えた。


……気づかなかったことにしよう。鋼の心を持たないと先輩とはやっていけない。それはこの短い期間で身に沁みて理解してる。うん。持てる限りの演技力で、気づかなかった振りをしよう。


しれっと顔を上げた私に向かって、先輩が眉根を寄せた。


「別に。

 それは僕自身が評価されて、ってわけでもないし」

「いやいや、護衛騎士なんて誰にでも務まる仕事じゃないし。

 信用されてる、ってことじゃないですか」

「……どうだろうね」


そう言いながら肩を竦めた先輩は、不敵な笑みを浮かべて、さらりと。


「まあ、剣の腕には自信あるけど」


うわぁ……。


褒めたつもりだったけど、先輩からしたら単なる事実確認だったらしい。溢れんばかりの自信を目の当たりにして、砂を含んだみたいに口の中がジャリジャリする。

こんな姿を見ちゃったら、この人が図書館で本を並べたりしてる姿なんか想像出来そうにないよ。


「剣、ほんとに好きなんですねぇ。

 図書館司書してたとは思えない……」


適当な相槌が思い浮かばなくて、乾いた笑みが浮かんでしまう。

すると先輩は、にっこにこして口を開いた。


「あのね、クロエ?

 君、ほんの少し前に僕に助けてもらったんだよね?

 助けてくれた恩人を不快にさせるとか、ポンコツにも程があるよ?」

「……う」


いちいち噛んで含むような言い回しに、思わずうめき声が漏れる。


「そ、そうでした……すみません……」


先輩は何も言わずに、来た道を戻り始めた。背を向ける前の一瞬で、萎れた私を小さく笑って。





駆け寄って、先を歩いていた先輩に並ぶ。

私は気を悪くさせたことをもう一度謝るかどうか考えて、開きかけた口を閉じた。また余計なこと言っちゃうんじゃないかと思って。


すると先輩は私を一瞥すると、静かな口調で言った。


「もう僕が図書館司書だったことは忘れること。

 僕も忘れるようにしてるんだから」

「……そんなに辛い仕事だったんですか?」


まさか。昼間見た司書さん達はみんな、のんびり働いてたよ。本を何冊も抱えるのは大変そうだったけど、でも図書館の中で忙しなく動き回ることはなさそうだった。そういう雰囲気じゃなかったし。


そんなことを思い浮かべた私は咄嗟に聞き返して、そして瞬時に後悔した。

先輩の顔が強張ったから。

たぶん今のは、踏んじゃいけないとこだった。


「す」

「辛かったよ」


すみません、と言おうとした私を遮って、先輩は吐き捨てるように続けた。ちょっとだけ、歩みが速くなる。


「毎日毎日、騎士達が図書館に本を借りに来るんだよ。

 羨ましくて仕方なかった。

 剣の腕なら、そこらの騎士なんか相手にならない自信があるのに……って」


そこまで言うと、先輩が足を止めた。

離されないように早歩きになっていた私は、慌てて一歩先で立ち止まって振り返る。

先輩は、私が口を開くよりも早く言った。


「今のナシ」

「……えっ?」


憮然とした表情の先輩を見た私は、思わず声を上げてしまった。足の長い彼に付いて行くことばかり考えていたから。

地面に向かって「ああもう飲み過ぎた」とかなんとか言ってた先輩が、どういうわけか責めるような目をして私に視線をくれた。


「忘れて」


……と、言われても……。


「え、っと……出来るかなぁ……」


聞いてしまったものは、今さらどうしようもないと思います。

頬をぽりぽり掻きながら答えれば、不本意そうに顔をしかめた先輩が前髪をくしゃっと掴んだ。つやつやの綺麗な髪が、ちょっと可哀相だ。

それに、たぶん。


「……忘れたいのは先輩の方……?」

「あ?」


しまった! 心の声が!


ひっ、と悲鳴を飲み込む。というか、声が出ない。

先輩の視線が鋭すぎて、本気で斬られるかと思った。


「ごっ……ごめ……っ」


たったひと言なのに、息が続かない。とにかくひたすら手を振ってみるけど、先輩の怒りがこんなんで収まるとは思えない。

もっと、もっと何か言い訳しないと!


「あっ、あのっ、先輩は騎士だし強いし……っ」

「……は?」


思いつくまま、言葉を乱射。完全に頭に血が上ってわけがわからない状態の私。そして目が点になった先輩。


「別に何も気にすることないと思う!

 司書だったかも知れないけど! 今は騎士だし!

 だから先輩も忘れちゃえばいいと思います簡単じゃないと思うけど!

 私も家も財産も家族もないけどキレイさっぱり忘れて今は自由です!」


ぽかん、としてる先輩を見つめて言い切った私の心臓は、これ以上ないくらい激しくバクバクしていた。沸騰した頭の片隅に冷えた部分が残っているのが分かる。異常なくらい手に汗をかいてるのも分かる。


「さすがに先輩の方は全財産焼くとか出来ないだろうけど!

 その代わり……その代わりに、そう、髪を切ってみるとか!

 スッパリ捨てたら思い出さなくて済むんじゃないかな!」





夜も更けて、王城に続く道に人の気配はない。ここはそういう場所だ。

よかった。突然取り乱して財産焼くとか言っちゃう女を通報するような、正常な判断が出来る人はここにはいない。


ぜーぜーいいながら、かろうじて残っていた頭の冷えた部分で、私はそんなことを考えた。

先輩は相変わらず目を点にしたまま。触れなば斬らん、の雰囲気は夜風に乗ってどこかに飛んで行ったみたいだ。

私は胸を撫で下ろした。


だけど、そうなったらそうなったで、私は不安になった。なんかいろいろ突拍子もないことを言った気がするし、とりあえず謝った方がいいような気がする。こういう時、本当に自分が悪いのかとか、そういうのは関係ないんだ。


「あ、あの……」


呆然としていた先輩が私の声に反応したのか、何回か瞬きした。ぱちぱち、と。瞬きにしては時間のかかる、まるで寝起きみたいな。

やがて彼は目が覚めたのか、視線をうろつかせた。そして、ゆっくりと一歩を踏み出す。私とは目も合わせずに。


「え、あの先ぱ……」


思いっきり無視された。怒ってるわけじゃなさそうなのに、無視された。

戸惑いを隠せない私をよそに、すでに背中しか見えない先輩はどんどん遠ざかっていくじゃないか。今まで私に合わせてくれたのが見て分かる。

……ていうか、なんでだ。


追いかけるしか選択肢のない私は、慌てて駆けだした。





ここにきて一番のポンコツぶりを発揮してしまった自覚のある私は、結局先輩に声をかけることが出来ないままだった。


そして何がどうなったのか、翌日、補佐官様から呼び出しを受けてしまったのだった。

案の定、である。







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