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同情よりも、甘いデザートを。







「はーい、お疲れー」


勝手にグラス同士をぶつけた先輩が、小麦色のエールを零れそうな泡ごと喉に流し込む。ごっきゅごっきゅ音を立てて、すごく美味しそうに。

呆然とその様子を見つめていた私は、ちょっと遅れて返事をした。


「……お疲れさまでした」

「うん、こういう日は飲むに限る」


渋い顔で私の言葉に頷いた先輩は、いまだに白いシャツを着ている。あんなに「汗が」「仕事気分が抜けない」なんて言ってたのに。

“貸し”の一件があってすぐ、しかも結局、私たちは肝心の着替えもせずに夜の街に下りてきた。あれだけ拘ってた彼が言うには、“騎士”が一緒に行動してるってことが一目瞭然な方が都合がいいらしい。

……理由を尋ねても面倒くさそうな顔されたから、何がなんだか私はよく分かってないんだけど。




まあ、ともかくだ。そういう不明瞭な部分がありつつも、私は先輩に言わなきゃいけないことがあるわけで。


「あのー……」


続々と運ばれてくる鶏の唐揚げやサラダ、鹿肉の煮込みなんかを横目に声をかければ、フォークを手にした先輩が視線を寄越す。なんていうか、恨めしそうな顔をして。

私は慌てて口を開いた。


「えっと、その、ありがとうございました。

 迷惑かけて、ごめんなさい」


目が泳いじゃうのは許して欲しい。もちろん、助けてもらって感謝してる。けど、人生から抹消したかったものを見られて、ものすごく動揺してるんです……。


「なんていうか、強烈な幼なじみだね。

 ……縁を切りたくなる気持ちも分かる気がする」


切るもなにも、私は縁そのものの存在を真っ向から否定しますけどね。


気持ちが顔に出ちゃってたのか、私を見た先輩が苦笑を浮かべてグラスに口をつける。

一瞬、面白がられてるのかと思った。でも今回ばかりは、ポンコツだの何だのって意地悪を言う気配はない。それにはちょっと、ほっとしてるんだけど。でもなんだか、軽口が飛んでこないと変な感じ。


「なるほどねぇ……」


先輩は溜息混じりに何かを考える素振りで、唐揚げにフォークを突き刺す。揚げたてのそれは、ぷしゅっと肉汁と湯気を溢れさせた。だけど彼がそれを口にする気配はない。遠くに視線を投げて、何かを考えているみたいだ。

唐揚げと先輩の顔を交互に見ていたら、お腹の虫がギュルリと鳴いた。すっかり忘れてた空腹感が、急にぶり返してきた。喉につっかえていたお礼の言葉を言った途端にコレ。体は正直だ。


私は思わず身構えた。お腹の音を聞いた先輩に、また意地悪なことを言われるんじゃないかと思って。だけど彼にそんな様子はない。なにやら難しい顔をしたまま、思考の海にどっぷり浸かっているらしい。


「え、まさか知ってたなんてことは……」


調子は狂うけど、とりあえず呆れられずに済んだみたい。こっそり安堵の息を零した私は、お腹の虫を黙らせるために水を飲み込んだ。体は疲れてるしお腹も空いているから、水でも沁みる。

……先輩に合わせてお酒も考えたけど、今日はやめておいたんだ。万が一、帰り道でアイツに遭遇でもしたら大変だもの。

思い出したくもないことが頭をちらついて、背中が寒くなる。私は咄嗟に腕を擦った。そうだ、意識を逸らすために唐揚げでも見つめていよう。


「いやでも声かけたの、あの人だって言うし。クロエに何か……?」


必死に現実逃避をしていたら、ブツブツ呟いていた先輩の口から聞き捨てならない名前が出た。それまでは気にならなかったのに、私に関係することを考えていたんだって分かってしまったら、もう聞こえなかった振りなんて出来ない。

無意識の内にフォークを握っていた私は、視線を上げた。


「私が、どうかしたんですか?」


咄嗟に尋ねれば、先輩が我に返ったみたいに視線を彷徨わせる。まずい、口が滑った……とでも言いたげに。


「……なんでもない」

「絶対なんでもなくない」


……しまった。敬語が吹っ飛んだ。


考えるよりも早く反応してしまった私を見て、先輩が眉根を寄せる。そして面倒くさそうに視線を逸らすと、やっぱり面倒くさそうに料理を指差して言った。


「いいから、食べなさい」






久しぶりに食べた手の込んだ料理は、びっくりするくらい美味しかった。切っただけの野菜や、とりあえず煮込んでみたスープをぶっちぎって美味しかった。


「はー……」


お腹いっぱいになって溜息をつけば、向かいで先輩がくすくす笑っていることに気がついた。ちょっと呆れているようにも見える。


「……何日も食べてない人みたいだったけど。

 ちゃんと食べてる?

 子守の給料ってそんなに安いの?」

「まさか」


お金がなくて満足に食べてないとでも思ったんだろう。そんな先輩の言葉を、慌てて首を振って否定する。お給料なら十分もらってるんだよ。お昼ご飯は用意してもらってるし、制服も支給されてるし。日々の暮らしに困るようなことは、絶対にないって安心できる。ありがたいことだ。


すると先輩が、今度こそ呆れ顔になって呟いた。


「そうじゃないなら、もっとタチが悪いと思うんだけど。

 育ちは良いみたいなのに残念過ぎる……」


ちょっと。聞こえてますけど。

私は口を尖らせた。


「失礼な。

 ちょっと嬉しくて我を忘れてただけですよーだ」

「はい?」


先輩が不思議そうに小首を傾げた。何の話をしてるんだ、って顔だ。

私は小さく息を吐いて、ちょっとだけ眉間にしわを寄せた。だって正直、思い出しても全然楽しくない話なんだもの。




「久しぶりに食べたんですよ、ちゃんとしたもの。

 私、あんまり家事が得意じゃないので。

 ……というか、ほとんどしたことがなくてですね……」


ぽつりと零せば、テーブルを挟んで先輩が肩を竦める。いつもなら勘に障るんだけど、目の前のそれは嫌な感じがしなくて。“それで?”と先を促されているような気分になった。

なんでだろう。今日は先輩があんまり意地悪な目をしてない、ように見える。


「ちょっと前まで、実家は結構なお金持ちでしたから。

 家事の何もかもが使用人に任せっきりになってて」

「でも王立学校に通ってたんだろ?」

「寮母さんが掃除洗濯、ごはんも作ってくれてました。

 あ。今思えば、あれはお世話名目の監視だったのかなぁ……」


ちゃんと健全な学校生活を送ってるか、ちょこちょこ探りを入れられてたっけ。たぶん勝手に結婚相手でも見つけられたら困るとか、そんなとこだろうな。


当時を思い出して苦笑いしていたら、先輩が頬を引き攣らせていることに気がついた。そりゃそうだ。誰だってこんな話を聞かされることになるなんて、きっと思わないもの。


「そういうわけなので、家事はまだ修行中なんです。

 ……だから、久々に手の込んだ食事をさせてもらって、嬉しくて」


子守の仕事中にいただくお昼ごはんは、たいていサンドイッチ。果物が付いてくることもある。それだって感謝しきりだけど、作ってから時間が経ってるみたいで、食べる頃には挟んであるベーコンから出た油が真っ白に固まってる。

だからこんな、熱々の揚げ物とか野菜がシャキシャキしたサラダが目の前に置かれてることが嬉しくって。

……分かってます。そんなに言うなら毎日自分で作ればいいんだけど、今の私には、ぶった切り野菜の旨味も何もないスープが関の山なんですよ。毎日外で食べるほどお金に余裕もないし……。



ふぅ、と溜息をつけば、先輩のそれが重なった。なんとなく視線を上げると目が合って、お互いの口元が緩む。


「実家は、大きな商家か何か?」

「……みたいです」

「みたい、って。

 もしかして何の商売をしてたかも、知らないの?」


先輩の言葉に頷く。怪訝そうな顔をしているのを見て、私は苦笑混じりに口を開いた。


「こっちは無関心を貫くって決めて、聞こうとも思わなかったし……

 お金に関することは全部、継母が徹底的に管理してましたから。

 おおかた私に商売も財産も渡したくなかったんでしょう。

 ……ま、火事と同時に発覚した借金で一切合財無くなりましたけどね!」

「あー……なるほど……。

 じゃあ今はクロエが稼ぎ頭なわけだ」


思わず仰け反って言い放った私を前に、先輩が合点がいったように深く頷く。若いのに大変だなぁ、なんて呟きながら。

私はそんな先輩から目を逸らした。

最初に言っておけば良かった。ううん、もしかしたらどこかで話したかも知れないけど、そうだとしてもきっとこの人は覚えてない。ポンコツな後輩の生い立ちになんて、今日まで興味がなかっただろうから。


「えっと、父と継母は火事で亡くなりました。

 親戚とも疎遠……っていうか、遺産が原因で縁が切れてて。

 残ってるのは、遠くに住んでる王立学校の友達くらいです」

「そ、っか……」


視線を投げなくても、先輩が呆然としているのが分かる。さらりと言ったつもりだったけど、やっぱり他人に聞かせるには重たかったみたいだ。

湧きだした後悔が口から零れ落ちる。美味しいごはんの余韻も一緒に消えてなくなったし、デザートも食べたかったけどそんな気分じゃなくなっちゃった……。


他のお客さん達は、お酒が入っているからなのか賑やかで。くだらないことを言い合いながら笑ったり、お説教している声が聴こえてくる。食器や調理器具のぶつかるガチャガチャした音も、打楽器みたいに響いている。

それなのに気が付いたら私達のテーブルだけ不幸な空気が漂ってて、なんだか申し訳ない気持ちになってきた。調子に乗って話し過ぎた自分が恨めしい。あ、だからポンコツなのか。


「あの」

「で」


ごちそうさまでした。

そう言おうとした私が口を開いたのと、先輩が話を続けようとしたのは同時で。パッと突き付けられた言葉に、私は何も返せなかった。

一瞬固まった私をよそに、先輩は残っていたエールを流し込んでから言葉を続けた。


「そこから、幼なじみ君の“仕事の世話してやる”が始まったのか」


その瞳に宿っていたのは、同情じゃなかった。隙あらばからかってやろう、みたいな、意地悪な笑みを含んだ表情でもなかった。




カップケーキ屋のエミルさんに事情を話した時には、親身になって慰めてくれたっけ……。でもその時の私は、ありがたいはずのことなのに、ちょっと居心地悪く感じたりして。

だって私は自分のこと、ちっとも可哀相じゃないと思ってたから。ちょっと不幸続きなだけ。それだけだもの。


「――――クロエ?」


意外な反応を前にぼんやりしていたら、先輩が訝しげに首を傾げた。

我に返った私は、慌てて頷く。


「あっ、はいっ」


……思い出した。そういえばアイツを追い払う時に“あとで事情を聞かせてもらう”みたいなことを言われてたかも知れない。








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