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お近づきのしるしに。








「ああ、そうだ。

 次に啜り泣いたら、こめかみグリグリするからな」

「――――っ」


王女様のいる部屋に向かう途中で思い出したみたいに突然の宣告。思わず仰ぎ見た瞬間に見えた意地悪な笑顔に、私は絶句した。

すると対照的に鼻歌でも歌いだしそうな先輩が、足を止めてしまった私を肩越しに振り返る。


「置いてくよ」

「あっ、待って先輩!」


慌てて声を上げた私は、小走りになって先を歩く先輩に駆け寄った。そして並んで歩きながら、胸の前でこぶしをグッと握りしめる。


「じゃ、じゃあ今度から窓もカーテンもちゃんと閉めますね!」

「いや、そういうことじゃ……まあいいけど」


先輩の反応はイマイチだったけど、今度からちゃんと戸締りしようと思う。






「どうもー」

「おはようございます」


部屋付きの侍女さんの了解をもらって中に入った私達は、揃って挨拶をする。相手はソファに座って優雅に本を開いている、レイラ様だ。

レイラ様は国王陛下のふたり目のお妃様で、リオン王子とリディ王女のお母上。たしか16歳かそこらで王城に入ったという話だから、実は私と年が近かったりするんだ。


「あ、おはようございます~」


本を閉じながら、ふにゃりとした笑みを浮かべるレイラ様に、先輩が尋ねた。


「今日のご予定は?」

「お昼はテーブルマナーの先生がいらっしゃる予定です。

 なので、その時間は別室で休憩がてらお食事をして下さいね」

「……だけ?

 あとの時間は、姫様の自由時間ってことですか?」


先輩と一緒に働くことになってから、ずっと思ってるんだけど。先輩、敬語がとっても下手くそな気がする。わざとなのかも知れないけど、それにしたって相手は王妃様なのに……。そもそも「どうもー」って言いながら王妃様たちの部屋に入る護衛騎士とか、許されるんだろうか。


毎朝のやり取りのたびに心臓がきゅっと縮まる思いをしている私は、じっと息を潜めて王妃様の様子を窺う。

だけど私の心配は、たいてい取り越し苦労に終わる。レイラ様の優しさ故なのか、部屋付きの白の侍女さん達ですら全然咎めようとしないんだもの。今だってレイラ様はニコニコと笑みを絶やさずに、先輩に向かって頷いているくらいで。


「ええ。空き時間は一緒に遊んでやって下さい。

 あ、でも……」


そこまで言ったレイラ様の顔が曇る。

珍しいな、と思いつつ、私は内心で小首を傾げた。


「雨でもないのに図書館に行きたいって言ってて……。

 もしかしたら、具合でも悪いのかと心配してたところなんです。

 リディは元気だ、って言うんですけど」


溜息混じりの言葉を聞いて、先輩が何か言いたそうに私を見遣った。な、なんだろう。また何かポンコツでしたか。

ドキッとしたのを必死に隠した私になんて、レイラ様は気づかなかったみたいだ。なんだか物憂げに溜息をついている。


「あー……じゃ、そのへん気にかけてみます」

「あっ、はいっ。気を付けます!」


言いながら目配せされた私は、慌てて頷いた。




「図書館かー……」


先輩が呟く。レイラ様が公務に出られるのを見送った私達は、居間のソファに座って王女様を待つことにしたんだけど。

ていうか、私はほんとは「立ってましょう!」って言ったんだ。でも先輩が「へーきへーき」とか言うから。しかも白侍女さんに助けを求めようと視線を送ったのに、「どうぞ」なんてお茶まで出してくるんだもの。微笑みつきで。これはもう不可抗力です。


せっかく用意してくれたのに勿体ない。目の前に出されたお茶を含んでいた私は、先輩の憂鬱そうな顔を見て小首を傾げた。


「どうかしました?」


もしかして図書館みたいな静かな所が苦手なのかな。たしかに息が詰まるというか、声を出しちゃいけない雰囲気の中に長時間身を置くのは私も好きじゃない。


すると先輩が、我に返ったように瞬きをする。そして彼は次の瞬間、何を思ったのか私の頬を抓った。

い、痛い。顔が斜め上に向かって伸びてる……。


「どうかしたかって?

 君がそれを言うの、クロエ」


据わりかけの瞳を前に、私は痛みへの抗議も出来ずに涙目になった。とりあえず懸命に口を開いて、教えを請おう。


「ご、ごめんなさい。

 どうして怒ってるのか教えて下さい~……」

「あーもー……」


素直に謝った私に毒気を抜かれたのか、先輩は大袈裟なくらいに肩を落とした。


寝坊したせいで朝の支度に時間がかかっているという王女様は、まだ寝室に籠っている。部屋付きお世話係の白侍女さんが一緒だから、私の出る幕はない。

私は先輩が何か言ってくれるのを、ただじっと待っていた。先輩は言葉を選んでいるのか、視線を右に左に彷徨わせてから口を開いた。パッと手を離して。


「……教えない」

「え」


抓られた頬を擦りながら声を上げれば、先輩が私から目を逸らす。


「ていうか別に怒ってないし。

 姫様が図書館に行きたい理由なら、本人に聞けばいいじゃない。

 たぶん素直に、しょんぼりしながら教えてくれると思うけど」

「はぁ……ちょっと、よく分からないんですが」

「だから聞きなって」

「うー……いじわる!」

「はいはい」




そんなことをしているうちに白侍女さんが王女様の寝室から出てくるのが視界に入って、私はなんとなく居住まいを正した。


「おはよ、姫様」

「おはよ!」


いつも通りの朝の光景だ。

立ち上がった先輩に、元気いっぱいな王女様が飛びつく。レイラ様は“体調が優れないのかも……”なんて心配してたけど、そんなことないみたい。


「王女様、おはようございます」


まとわりつく王女様と、それを適当にあしらう先輩を眺めていた私も立ち上がって口を開く。すると王女様が半分先輩の背に隠れるようにして頷いた。


「ん、おはよ」


……なんだろう、このよそよそしさ。まるで初対面みたいですけど。一応爽やかな笑顔を心掛けてみたんだけどなぁ……。

内心で首を捻りながらも、私は気になっていることを尋ねることにした。何はなくとも、お仕事しなくちゃ。


「体調は大丈夫ですか?

 出歩きたくなかったら、お部屋で過ごしてもいいんですよ?」


すると王女様の顔が曇った。上目遣いに私の顔を見て、小さく首を振る。


「あ……ううん、だいじょーぶ……。

 でも、ごほんがよみたいの」

「そうですか……?」


元気のない王女様の姿が腑に落ちない私は、訝しげに眉根を寄せてしまった。ほんとにもう、先輩の相手をしていた時とはえらい違いだ。

その時だ。小さな溜息を漏らした先輩が、それまで背に隠れていた王女様の肩を掴んで、私の前に押し出した。そして彼は王女様が何か言うよりも早く、くるりと背を向ける。


「ちょっとトイレ。

 ふたりで話して、予定決めといて」

「……は?!」

「腹痛いんだもん」


思わず飛び出した批難の声に耳を貸すこともせず、先輩はスタスタと歩いて行ってしまった。

ていうか王女様に失礼だし、トイレは待ち時間の間に済ませておくべきですよ先輩! そもそもこの部屋のトイレは騎士が使っていいものじゃないでしょうに。




「キッシェ、だいじょうぶかなぁ……?」

「ええと、たぶん……」


あの様子でお腹が痛いなんて絶対嘘だと思いますよ。……なんて言えるわけがないので、とりあえず頷いてみる。ふたりで話して決めておけ、なんて先輩は言ってたけど。どうして急にあんな行動に出たんだろう。

頭を抱えたい気持ちで、こっそり溜息をつく。すると王女様が上目遣いに私を見つめて、もじもじし始めた。

もしかして先輩がトイレに行ったから、王女様も行きたくなっちゃったんですか……?! どどどどうしよう。どうしたら。


思わず身構えていると、王女様が視線を彷徨わせてから口を開いた。


「……あのね、クロ。きのう、ごめんね」

「え?」


とっても言いづらそうに、囁くような声でそう言った王女様を思わず凝視してしまった。聞き間違いかと思ったけど、しょんぼり肩を落としてる様子を見る限り、それはなさそうだ。

でも、どうして。


私の気持ちが伝わったのか、王女様は眉毛を八の字に下げて言った。溜めていた息を全部吐き出すみたいにして、一気に。


「あおむしさん、みせたかったの。きれいなみどりいろだったの。

 でもクロ、むしさんキライだったんだね。ごめんね。

 ごほんだったら、いっしょにあそべるよね?

 としょかん、いっしょにいってくれるよね……?」



その瞬間、突然頭の中に声が響いた。


“いろいろして、探り探り仲良くなるしかないじゃない? 子守が虫好きなら、一緒に虫を採るんでしょうし。嫌いなら、部屋の中で遊ぼうって言うんじゃないかな”


アンさんの言ってたことが、今、目の前で起こってる。雷に打たれたような衝撃と、どうしようもなく泣きたい気持ちが入り混じって言葉が出ない。

“王女様のこと、ちゃんと見ろ”って先輩は言ってた。それがどういう意味なのか、ようやく少し分かった気がした。

私、ほんとにポンコツだ。王女様に歩み寄らせて、何してるの。


溢れそうな言葉を一度飲み込んで、私は王女様の前に膝をついた。目線の高さを同じにして、出来る限り伝わるように。


「図書館でも、菜園でもどこでも行きます。

 私も王女様が虫をお好きなこと、知りませんでした。ごめんなさい。

 お許しいただけるなら、私、もっと王女様と仲良くなりたいです。

 王女様の好きなものも苦手なものも、教えていただけますか……?」


ポンコツなりに紡いだ言葉に返ってきたのは、王女様そのものだった。


「うん!」


子どもの柔らかい髪が鼻先をくすぐる感触と、首に巻きつく小さな腕。王女様はとっても温かくて、小さな体の割に力強くて。

何も考えずに抱きしめ返した私は、それがとても自然なことに思えたんだ。


ああ、蒼鬼さま。

この仕事に恵まれた幸運に感謝します。私、頑張ります。







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