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セロファン師は気が進まない  作者: 九藤 朋
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 雪国。

 白い嵐が視界の全てを支配する。

 見渡す一面が真白い中、互いに手を取り合い一歩一歩、進む男の子と女の子がいた。

 慣れ親しんだ土地と油断し、嵐の中を外へ出たのだ。

 その日は女の子の誕生日で、男の子はどうしても彼女にプレゼントを贈りたかった。

 店に予約してあるそれを、二人で取りに行こうとした。

 親の止める声も聴かず。

 愚行と言えた。

 もうどこに進めば良いのかも判らない。

 しがみつく女の子を男の子は励ましながら少しずつ歩んだ。


 雪の唸る音しかない世界に、たとぅ、たとぅ、たとぅ、と異質な音が響く。


 それは妖し呪術師セロファン師の到来を告げる音。


 男の子も女の子も、セロファン師の伝説を単なる伝説として知っていた。

 しかし彼らの周りには、まことしやかにセロファン師の存在を語る者たちがいた。


 真白い世界に降り立つ()()(たま)の黒い喪服。

 その姿は雪を背景に一際映えた。

 二人は一瞬見惚れ、次に怯えた。

 セロファン師が来たということは、自分たちのどちらかが、或いは両方が死ぬということだ。薄く切れるような青い恐怖が二人の心に芽生えた。

 男の子は何より大切な者のように女の子を抱き締めた。

 逝かせまいとして。

 抱き締める。それもまた一種の呪術。


 セロファン師は吹雪に服と同じく黒い髪をなびかせる。

 荒ぶるように髪は乱れ、髪飾りの鈴がしゃらしゃらと狂ったように鳴る。

 そんな中でも彼は平然としているのだ。

 そうして彼は恐れていた言葉を口にした。


「最期に君が見たい色は何だい?」


 男の子ははっとした。

 セロファン師の眼差しは真っ直ぐ女の子に向かっていたからだ。

「咲ちゃんを連れて行くのか?」

「連れて行く訳じゃない。死ぬ前に望む色を見せるだけだ」

「咲ちゃんだけか?僕は?」

「君は凍傷によって足の指を何本か切断することになるが、命は助かる」

 雪が降る。

「…今日は咲ちゃんの誕生日なんだ」

 雪が降る。

「それは僕には関係ない」

 果てしなく雪が降り続く。

「咲ちゃんにプレゼントしたい物があるんだ」

「関係ないな」

「咲ちゃんを連れて行くのなら、代わりに僕を連れて行ってくれ」

「ルール違反は許されない。今、この現在、死ぬ宿命(さだめ)にあるのは彼女だ。さあ、僕の邪魔をしないで彼女の望む色を見せさせてくれ」

 男の子はかっとした。

「人でなし!お前が大人を呼んできてくれたら、僕らはきっと助かるのに」

「それは僕の仕事じゃない」

 すると、それまで黙っていた女の子が口を開いた。

「どんな色でも良いの?」

「もちろん」

「咲ちゃん!」

「仕方ないよ、純君。あたし、あたし、笹舟の色を見たいわ。春に純君と遊んで小川に流した笹舟の。このあたりは冬が長く、春は短い。その春に、ううん、春だけじゃない、夏にも、秋にも、純君とあたしは色んな遊びをしたわ。冬だって。雪だるまを作ったり、雪合戦をしたり」

 言いながら女の子の両目から涙が次々流れては凍る。

 男の子も苦しくて悔しくて、涙した。頬がぴりぴりと痛い。


「笹舟の色、承った。さあ、どうぞ、君の旅立ちに幸あらんことを」


 セロファン師が黒い上着から緑色の、淡いセロファンを取り出した。

 その瞬間、女の子の視界には雪ではなく笹舟の色で埋め尽くされた。

 懐かしく愛おしく、もう戻らない過去の色。

 女の子は微笑み、ありがとうと言い、そのまま動かなくなった。

 セロファン師は雪の中を飄々として去った。

 残された男の子の、喰いしばった歯の間から、獣のような呻き声が洩れる。

 彼は咆哮した。

 泣きながら、白い嵐の中を、いつまでも咆哮し続けた。


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