Ⅵ
雪国。
白い嵐が視界の全てを支配する。
見渡す一面が真白い中、互いに手を取り合い一歩一歩、進む男の子と女の子がいた。
慣れ親しんだ土地と油断し、嵐の中を外へ出たのだ。
その日は女の子の誕生日で、男の子はどうしても彼女にプレゼントを贈りたかった。
店に予約してあるそれを、二人で取りに行こうとした。
親の止める声も聴かず。
愚行と言えた。
もうどこに進めば良いのかも判らない。
しがみつく女の子を男の子は励ましながら少しずつ歩んだ。
雪の唸る音しかない世界に、たとぅ、たとぅ、たとぅ、と異質な音が響く。
それは妖し呪術師セロファン師の到来を告げる音。
男の子も女の子も、セロファン師の伝説を単なる伝説として知っていた。
しかし彼らの周りには、まことしやかにセロファン師の存在を語る者たちがいた。
真白い世界に降り立つ射干玉の黒い喪服。
その姿は雪を背景に一際映えた。
二人は一瞬見惚れ、次に怯えた。
セロファン師が来たということは、自分たちのどちらかが、或いは両方が死ぬということだ。薄く切れるような青い恐怖が二人の心に芽生えた。
男の子は何より大切な者のように女の子を抱き締めた。
逝かせまいとして。
抱き締める。それもまた一種の呪術。
セロファン師は吹雪に服と同じく黒い髪をなびかせる。
荒ぶるように髪は乱れ、髪飾りの鈴がしゃらしゃらと狂ったように鳴る。
そんな中でも彼は平然としているのだ。
そうして彼は恐れていた言葉を口にした。
「最期に君が見たい色は何だい?」
男の子ははっとした。
セロファン師の眼差しは真っ直ぐ女の子に向かっていたからだ。
「咲ちゃんを連れて行くのか?」
「連れて行く訳じゃない。死ぬ前に望む色を見せるだけだ」
「咲ちゃんだけか?僕は?」
「君は凍傷によって足の指を何本か切断することになるが、命は助かる」
雪が降る。
「…今日は咲ちゃんの誕生日なんだ」
雪が降る。
「それは僕には関係ない」
果てしなく雪が降り続く。
「咲ちゃんにプレゼントしたい物があるんだ」
「関係ないな」
「咲ちゃんを連れて行くのなら、代わりに僕を連れて行ってくれ」
「ルール違反は許されない。今、この現在、死ぬ宿命にあるのは彼女だ。さあ、僕の邪魔をしないで彼女の望む色を見せさせてくれ」
男の子はかっとした。
「人でなし!お前が大人を呼んできてくれたら、僕らはきっと助かるのに」
「それは僕の仕事じゃない」
すると、それまで黙っていた女の子が口を開いた。
「どんな色でも良いの?」
「もちろん」
「咲ちゃん!」
「仕方ないよ、純君。あたし、あたし、笹舟の色を見たいわ。春に純君と遊んで小川に流した笹舟の。このあたりは冬が長く、春は短い。その春に、ううん、春だけじゃない、夏にも、秋にも、純君とあたしは色んな遊びをしたわ。冬だって。雪だるまを作ったり、雪合戦をしたり」
言いながら女の子の両目から涙が次々流れては凍る。
男の子も苦しくて悔しくて、涙した。頬がぴりぴりと痛い。
「笹舟の色、承った。さあ、どうぞ、君の旅立ちに幸あらんことを」
セロファン師が黒い上着から緑色の、淡いセロファンを取り出した。
その瞬間、女の子の視界には雪ではなく笹舟の色で埋め尽くされた。
懐かしく愛おしく、もう戻らない過去の色。
女の子は微笑み、ありがとうと言い、そのまま動かなくなった。
セロファン師は雪の中を飄々として去った。
残された男の子の、喰いしばった歯の間から、獣のような呻き声が洩れる。
彼は咆哮した。
泣きながら、白い嵐の中を、いつまでも咆哮し続けた。




