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セロファン師は気が進まない  作者: 九藤 朋
52/58

LII

 要は高層ビルの屋上から両腕を広げ、後ろ向きに落下する。

 白く大きな鳥のように。

 彼の姿を見る人間はなく、例え彼が地に着いても死ぬことはない。

 それが、セロファン師と対となって生まれた要や、佐理や、ナナのさだめだった。


「何してるの?」


 ナナが中空で、腕組みした状態で尋ねる。醒めた声だ。


「死というものを、少しでも体感しようと思ってさ」

「莫迦げてる」


 会話が終わる丁度その時、二人は危なげなく着地した。地面はクローバーの緑に覆われていて、ナナと違い後ろ向きのまま身体を大の字にした要も柔らかく受け止めている。

 佐理の想い人が死んでから、沈んでいる彼を、二人はそっと近くで見守るしかなかった。


「ナナ」

「何よ」

「セロファン師って死なないのか?」

「どうしてあたしにそれを訊くの」

「何となく」


 ナナは忌々しそうに溜息をついて、要の双眸に目を据えた。


「死なないし、死んでもまた蘇る。あいつは、世の摂理から外れた存在なのよ」

「ますます解らないな。どうしてそんな存在が許される?」

「――――この世に悪があるように。このように争いがあるように。この世に侮蔑や孤独があるように。あいつの存在もまた、必要なものとして許容されているのよ」

「許容。許容か。誰に?」


 ナナは天を仰いだ。蒼天は高く透き通るようで、うっすら雲が棚引いている。


「あたしたちを、生み出した存在に。天に」



 ああ、木靴の音が鳴る。

 たとう、たとう、たとう、と。


 狭霧は、耳を塞ごうとした。今までであれば意気揚々と進んで〝その場所〟に赴いていた狭霧だが、祖母を亡くしてからセロファン師の気配を、木靴の音を恐れるようになった。

 なぜ、今まで平気で接していられたのだろう。

 自分は幼かったのだ。悲痛を、慟哭を知らず、他人事として眺めていた。胸を痛めることはあっても、肉親を喪ったそれとは比べようがなかった。

 キキーーーーーー、ドンッという音が、狭霧の立ち止まった道の突き当りの右手から響く。

 事故現場に静かに立つ射干玉の少年。

 彼は粉々に割れたガラス窓から、中の人間に何か語り掛けているようだった。

 やがてセロファン師は一つ頷くと、上着から萌黄色のセロファンを取り出した。狭霧は無我夢中で走った。

 気づけばセロファン師の手から、セロファンを引っ手繰っていた。

 セロファン師は凪いだ瞳で狭霧を見る。


「彼女を助けたかったのかい? 残念だけど、それはもう叶わないよ」


 狭霧がガラスの中を見ると、安らかな顔で椅子に腰かける中年の女性がいた。息をしていないことは明らかだった。

 狭霧の手からセロファンが落ちる。それは灰色のアスファルトの上の小さな彩りとなった。

 そんな狭霧をセロファン師は静観していた。やがて口を開く。


「狭霧。僕が憎いかい? 許せないと思うなら、僕を殺してみると良い」


 狭霧は目を見開く。


「そんなことが可能なのか」


 それを成したいと思って訊いた訳ではない。咄嗟に疑問が出た。


「君なら或いはね。まあ、僕にはどうでも良いことなんだよ」


 セロファン師は乾いた表情で、道端の石ころを木靴で軽く蹴った。






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