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ぽつり。ぽつり。
空が泣く。
セロファン師は雨宿り場所を探すでもなく、上を向いてその白い顔に雨滴を受けていた。戯れに、舌などを出してみる。無味無臭の水は、セロファン師の舌に何の感慨ももたらさない。
彼はゆっくり歩み始める。木靴の音が鳴る。
たとぅ、たとぅ、たとぅ、と。
それは誰かの命が潰える証。その呼び水。
無味無臭の空の涙ではなく、赤い雫が彼を呼んでいる。
それは不運なスリップ事故だった。
雨が中年夫婦の命運を分けた。彼らは乗車して、新しい家具を買いにホームセンターに行く途中だった。突然飛び出した人影に、夫はハンドルを切り損ねた。折しも水溜まりの出来る頃。タイヤは滑り、車体は電信柱に衝突。妻は即死だった。あたりには人だかり。救急車の音を夫はぼうとした意識の中、聞いた。
ふわり、降り立つ射干玉色。
水色の髪飾りがしゃらりと鳴る。
彼は群衆には目もくれず、死にゆこうとする夫だけを見ていた。群衆に、セロファン師は見えない。
「望みの色を言ってくれ」
薄く、淡い色の形の良い唇が動き、そう声を発した。
「……セロファン師」
「そう。僕はセロファン師。貴方の最期の色を具現化する者」
夫は既に絶命している妻を眼球の動きだけで見た。
双眸から涙が生き物のように流れ落ちる。
「――――虹色がかった青」
「これはまた。珍しい色だね」
「こいつのウェディングドレスの色だった。拘りがあるみたいで、生地屋に直接特注してた。きっと、その色が幸せを運んでくれると言って」
「そう」
「なんで。なんでこんなことに」
セロファン師は上着から虹色がかった青いセロファンを取り出した。
数秒後、夫は妻のあとを追うように逝った。
狭霧は群衆の中から、セロファン師たちの遣り取りを見ていた。
遣る瀬無いと思った。
そして、ここに立つ自分の存在意義というものを、考えずにはいられなかった。




