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セロファン師は気が進まない  作者: 九藤 朋
46/58

XLVI

 潮騒が響いている。

 寄せては返す波。その波のぎりぎり靴に浸るまでのところに、老人が立っている。遠い目をして。


 たとぅ、たとぅ、たとぅ、と。


 潮騒に混じり聴こえる音は、セロファン師の木靴の音だ。

 即ちそれは死の前触れ。

 老人はセロファン師の都市伝説を知っていた。

 そして今、自分の前にセロファン師が現れることに疑問を感じない。

 もうそろそろだと思っていたからだ。


 冬の海はどこかうらぶれて寂しい。

 太陽の光は弱く、空は低い。


「こんにちは。望みの色を、言ってくれ」


 漆黒の少年・セロファン師がにこりと微笑む。

 老人は泣きたいような笑いたいような気分になった。

 初恋の少女に会ったような、はにかむような気持ちにも。


「シロの毛並みの色を」

「シロ」

「うん。俺が子供の頃にな。飼っていた雑種だ。黄色じみていたが、解りやすいんでシロと呼んでいた。ある日」


 老人は震える息を吸い込んだ。


「ある日、軍人がやってきて、シロを連れて行った」

「どうして?」

「……毛皮を取る為だ。他にも、爆弾をつけて敵に突撃させたり、あの頃は、今では信じられないような扱いを犬はされていた。猫も、毛皮にされていたそうだ」

「そう」

「もう俺には身寄りがない。あいつに、シロに逢いたくてな」

「うん。冬の海は、冷たいよ?」


 老人が笑う。


「解ってるさ」

「シロの毛並みの色。承った」


 セロファン師は上着から、黄ばんだ白のセロファンを取り出す。

 老人がなぜ、死を選ぼうとまで思い詰めたのか、セロファン師は知らないし、興味もない。

 ただ、びかびか光るセロファンを手にする。


 老人が笑った。

 先程よりは穏やかに。柔らかに。





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