XLVI
潮騒が響いている。
寄せては返す波。その波のぎりぎり靴に浸るまでのところに、老人が立っている。遠い目をして。
たとぅ、たとぅ、たとぅ、と。
潮騒に混じり聴こえる音は、セロファン師の木靴の音だ。
即ちそれは死の前触れ。
老人はセロファン師の都市伝説を知っていた。
そして今、自分の前にセロファン師が現れることに疑問を感じない。
もうそろそろだと思っていたからだ。
冬の海はどこかうらぶれて寂しい。
太陽の光は弱く、空は低い。
「こんにちは。望みの色を、言ってくれ」
漆黒の少年・セロファン師がにこりと微笑む。
老人は泣きたいような笑いたいような気分になった。
初恋の少女に会ったような、はにかむような気持ちにも。
「シロの毛並みの色を」
「シロ」
「うん。俺が子供の頃にな。飼っていた雑種だ。黄色じみていたが、解りやすいんでシロと呼んでいた。ある日」
老人は震える息を吸い込んだ。
「ある日、軍人がやってきて、シロを連れて行った」
「どうして?」
「……毛皮を取る為だ。他にも、爆弾をつけて敵に突撃させたり、あの頃は、今では信じられないような扱いを犬はされていた。猫も、毛皮にされていたそうだ」
「そう」
「もう俺には身寄りがない。あいつに、シロに逢いたくてな」
「うん。冬の海は、冷たいよ?」
老人が笑う。
「解ってるさ」
「シロの毛並みの色。承った」
セロファン師は上着から、黄ばんだ白のセロファンを取り出す。
老人がなぜ、死を選ぼうとまで思い詰めたのか、セロファン師は知らないし、興味もない。
ただ、びかびか光るセロファンを手にする。
老人が笑った。
先程よりは穏やかに。柔らかに。




