XLI
たとぅ、たとぅ、たとぅ、と。
鳴り響く木靴の音を聴いた時、男は自分の運命を知った。
海を臨む倉庫の連なる一画。ポケットに入れた両手を出して、煙草に火を点けた。
やがて現れる黒衣の少年――――セロファン師。
水色の鈴の髪飾りのしゃらりとした音色は、波の音より涼しく耳に届く。
「セロファン師か」
「そう。死ぬ前に、貴方の見たい色を言ってくれ」
「死ぬ前に」
「うん」
「やっぱり俺は死ぬ……殺されるのか。組織の裏切者として」
「うん。貴方は、人身売買を見逃せず、警察にリークした。背信行為の代償は、貴方の命だ」
ふう、と紫煙を吐き出す。
子供たちが切り刻まれ、臓器を盗られる。或いは、本人そのものが売られる。
そんな地獄のような光景に、男は耐えかねた。間違ったことをしたとは思っていない。
例えセロファン師に会う末路が待っていたとしても。
「君くらいの少年少女、いや、もっと幼い子供らが、物扱いされる。命の尊厳なんて欠片もない。……俺には納得行かなかった」
「貴方の恋人も殺されたし?」
「……ああ」
組織の報復は、既に始まっていた。
「見たい色は何でも良いのか」
気持ちと空気を切り替えるように、軽い口調で男は尋ねる。
「良いよ。どんな色でも」
男は考えた。色。色。
いざとなれば中々思い浮かばないものだ。
「エメラルドグリーン。澄んだ海の色を」
それは男の故郷の海の色だった。
こんな都会の汚れ切った海ではない。
「澄んだ海のようなエメラルドグリーン。承った」
セロファン師が上着からセロファンを取り出す。その様子を見ながら男の脳裏には走馬灯のようなものが流れる。本当に、これで終わりなのだ。
倉庫から出てきたセロファン師を、狭霧が待ち構えていた。もうすぐ盛夏となる頃。日が彼をじりじり照りつけている。
「何色を見せたんだ?」
「エメラルドグリーン」
「そうか……」
「近くで見ていなくて良かったのかい?」
「俺がいると邪魔になると思って」
意外な気遣いに、セロファン師は微笑む。
「さあ、もうすぐここには物騒な連中がやってくる。行こう」
「うん」
セロファン師には死に纏わる僅か先の未来が解るのか。
それはどういう心境だろう。無味乾燥に、どうも思わないものだろうか。
狭霧は考えながら、倉庫街を後にした。
汽笛がぼお、と鳴る音が聴こえる。




