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セロファン師は気が進まない  作者: 九藤 朋
41/58

XLI

 たとぅ、たとぅ、たとぅ、と。


 鳴り響く木靴の音を聴いた時、男は自分の運命を知った。

 海を臨む倉庫の連なる一画。ポケットに入れた両手を出して、煙草に火を点けた。

 やがて現れる黒衣の少年――――セロファン師。

 水色の鈴の髪飾りのしゃらりとした音色は、波の音より涼しく耳に届く。


「セロファン師か」

「そう。死ぬ前に、貴方の見たい色を言ってくれ」

「死ぬ前に」

「うん」

「やっぱり俺は死ぬ……殺されるのか。組織の裏切者として」

「うん。貴方は、人身売買を見逃せず、警察にリークした。背信行為の代償は、貴方の命だ」


 ふう、と紫煙を吐き出す。

 子供たちが切り刻まれ、臓器を盗られる。或いは、本人そのものが売られる。

 そんな地獄のような光景に、男は耐えかねた。間違ったことをしたとは思っていない。

 例えセロファン師に会う末路が待っていたとしても。


「君くらいの少年少女、いや、もっと幼い子供らが、物扱いされる。命の尊厳なんて欠片もない。……俺には納得行かなかった」

「貴方の恋人も殺されたし?」

「……ああ」


 組織の報復は、既に始まっていた。


「見たい色は何でも良いのか」


 気持ちと空気を切り替えるように、軽い口調で男は尋ねる。


「良いよ。どんな色でも」


 男は考えた。色。色。

 いざとなれば中々思い浮かばないものだ。


「エメラルドグリーン。澄んだ海の色を」


 それは男の故郷の海の色だった。

 こんな都会の汚れ切った海ではない。


「澄んだ海のようなエメラルドグリーン。承った」


 セロファン師が上着からセロファンを取り出す。その様子を見ながら男の脳裏には走馬灯のようなものが流れる。本当に、これで終わりなのだ。




 倉庫から出てきたセロファン師を、狭霧が待ち構えていた。もうすぐ盛夏となる頃。日が彼をじりじり照りつけている。


「何色を見せたんだ?」

「エメラルドグリーン」

「そうか……」

「近くで見ていなくて良かったのかい?」

「俺がいると邪魔になると思って」


 意外な気遣いに、セロファン師は微笑む。


「さあ、もうすぐここには物騒な連中がやってくる。行こう」

「うん」


 セロファン師には死に纏わる僅か先の未来が解るのか。

 それはどういう心境だろう。無味乾燥に、どうも思わないものだろうか。

 狭霧は考えながら、倉庫街を後にした。

 汽笛がぼお、と鳴る音が聴こえる。


 


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