XXXVII
けれど狭霧には解らない。
セロファン師が色を見せに来た人間を、どうやって〝こちら側〟に引き戻せば良いのか。
何より。
そうだ。
なぜ、それを疑問に思わなかったのだと狭霧は遅まきながら考える。
殺人であれ自殺であれ、それより以前に姿を現すのがセロファン師という存在。
ならば先程の女性は、なぜセロファン師がここに至るより先に落命したのか。
「巫の血筋、か」
答えを導き出したのは、佐理だった。
確かに、狭霧と同じく巫の血の濃い人間であれば、セロファン師の感覚から逸脱するというイレギュラーを起こし得る。セロファン師が、ナイフを持ち、屹立していたのは既にその結論に達していた為ではないのか。
「思い留まってはくれませんか」
狭霧の声に、その場にいる全員が注目する。佐理たちは微かに目を見開いて。
セロファン師は変わらない無表情で。
「済まないな、少年。後味の悪い思いをさせて」
「今からでも、遅くは」
「心の寿命が来たんだ。もう、終わりにする。……母さんを犠牲にした」
「色を言ってくれ」
「ああ、そうだな。……桜色なんかはどうだろう。男の俺が望むのは可笑しいかな」
「いえ、少しも」
男性の目尻に皺が寄る。
「春になると家族で花見をするのがうちの恒例行事だった。今は母さんと俺しか住んでいないが、春になれば嫁いだ姉さんや兄さんが家族を連れてやってくる。満開の桜が、それは綺麗で」
セロファン師が頷く。髪飾りの水色の鈴が小さく鳴った。
「満開の桜色、承った」
全てが終わり、男性の姿が窓の向こうに消えて、狭霧は固く拳を握っていた。
いつもであればセロファン師の抑止力となる佐理たちも、今回は事態を傍観した。
知っていたからだ。
絶望に喰われた人間の心を変える困難さを。
だが、まだ若い狭霧には納得が行かない。
立ち尽くす彼の肩に佐理がぽんと手を置き、そんな二人をセロファン師は眺めていた。




