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セロファン師は気が進まない  作者: 九藤 朋
37/58

XXXVII

 けれど狭霧には解らない。

 セロファン師が色を見せに来た人間を、どうやって〝こちら側〟に引き戻せば良いのか。

 何より。


 そうだ。


 なぜ、それを疑問に思わなかったのだと狭霧は遅まきながら考える。

 殺人であれ自殺であれ、それより以前に姿を現すのがセロファン師という存在。

 ならば先程の女性は、なぜセロファン師がここに至るより先に落命したのか。


「巫の血筋、か」


 答えを導き出したのは、佐理だった。

 確かに、狭霧と同じく巫の血の濃い人間であれば、セロファン師の感覚から逸脱するというイレギュラーを起こし得る。セロファン師が、ナイフを持ち、屹立していたのは既にその結論に達していた為ではないのか。


「思い留まってはくれませんか」


 狭霧の声に、その場にいる全員が注目する。佐理たちは微かに目を見開いて。

 セロファン師は変わらない無表情で。


「済まないな、少年。後味の悪い思いをさせて」

「今からでも、遅くは」

「心の寿命が来たんだ。もう、終わりにする。……母さんを犠牲にした」

「色を言ってくれ」

「ああ、そうだな。……桜色なんかはどうだろう。男の俺が望むのは可笑しいかな」

「いえ、少しも」


 男性の目尻に皺が寄る。


「春になると家族で花見をするのがうちの恒例行事だった。今は母さんと俺しか住んでいないが、春になれば嫁いだ姉さんや兄さんが家族を連れてやってくる。満開の桜が、それは綺麗で」


 セロファン師が頷く。髪飾りの水色の鈴が小さく鳴った。


「満開の桜色、承った」



 全てが終わり、男性の姿が窓の向こうに消えて、狭霧は固く拳を握っていた。

 いつもであればセロファン師の抑止力となる佐理たちも、今回は事態を傍観した。

 知っていたからだ。

 絶望に喰われた人間の心を変える困難さを。

 だが、まだ若い狭霧には納得が行かない。


 立ち尽くす彼の肩に佐理がぽんと手を置き、そんな二人をセロファン師は眺めていた。




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