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セロファン師は気が進まない  作者: 九藤 朋
35/58

XXXV

「少し問題を整理してみよう」


 佐理の提案は如何にも理屈を重んじる彼らしかった。

 彼らしいと、その場に居合わせた要も、ナナも、そしてセロファン師も思った。

 唯一の例外は狭霧だった。


 彼は状況と佐理たちの存在について行けず、混乱している。


 そこは古びた洋館。蔦が欄干に首飾りのように垂れ下がる。

 漆喰の白は日を受けて目に眩しい。


 そんな洋館の一室で、ローブを羽織った女性は倒れていた。

 既に命のないことは、一目瞭然だった。広がる血の海を見ても。

 そしてセロファン師の手に握られたナイフには、血がべっとりと着いている。

 疑惑の眼差しが、彼に注がれた。


 こんな時でもセロファン師は涼やかに、唇を動かす。


「僕が来た時には遅かった。彼女は事切れていた。色を……見せることが叶わなかった」


 佐里が難問に直面した表情でセロファン師を見る。


「そんなことがあり得るのかい? 君は常に生前の人間を訪れる。でなければセロファンを見せることも出来ない。君の特殊能力の肝要な一点だった筈だ」

「ちょ、ちょっと待てよ」


 狭霧が上擦った声で割り込む。佐理は彼を異分子を見る目で見た。


「じゃあ、あんたはセロファン師が殺人を犯したとでも言うのか? 動機は?」

「怨恨でも痴情のもつれでもあるんじゃないか? そいつにだって一応、心はあるんだからな」


 若干、面白がる声で応じたのは要だ。


「それはないわ」


 ナナが硬い声で断じる。


「心はあっても。いいえ、あるからこそ、セロファン師が……、零がその手を汚すことはない。解っている筈よ、要」


 窘められた形となった要は肩を竦めた。


「では彼女はなぜ死んだ?」

「犯人捜しに興味はないよ、佐理。僕は色を見せられなかった。それが全てだ」

「生憎、こちらは物事の進行に整合性を求める性質でね。零が犯人でないのなら、他を当たる必要がある。例えば。この館の女主人の死に未だ気づかず、いや、気づいてない振りをしているのかもしれないが、沈黙している家族たち」

「好きにすると良い」


 些か投げたようにセロファン師が言って、ふと顔を上げた。


「セロファン師?」

「いる。死が近い人間がもう一人、この館の中に」


 佐里たちもそれを感知したようだった。


「今度こそ、僕は色を見せなければ」




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