XXXV
「少し問題を整理してみよう」
佐理の提案は如何にも理屈を重んじる彼らしかった。
彼らしいと、その場に居合わせた要も、ナナも、そしてセロファン師も思った。
唯一の例外は狭霧だった。
彼は状況と佐理たちの存在について行けず、混乱している。
そこは古びた洋館。蔦が欄干に首飾りのように垂れ下がる。
漆喰の白は日を受けて目に眩しい。
そんな洋館の一室で、ローブを羽織った女性は倒れていた。
既に命のないことは、一目瞭然だった。広がる血の海を見ても。
そしてセロファン師の手に握られたナイフには、血がべっとりと着いている。
疑惑の眼差しが、彼に注がれた。
こんな時でもセロファン師は涼やかに、唇を動かす。
「僕が来た時には遅かった。彼女は事切れていた。色を……見せることが叶わなかった」
佐里が難問に直面した表情でセロファン師を見る。
「そんなことがあり得るのかい? 君は常に生前の人間を訪れる。でなければセロファンを見せることも出来ない。君の特殊能力の肝要な一点だった筈だ」
「ちょ、ちょっと待てよ」
狭霧が上擦った声で割り込む。佐理は彼を異分子を見る目で見た。
「じゃあ、あんたはセロファン師が殺人を犯したとでも言うのか? 動機は?」
「怨恨でも痴情のもつれでもあるんじゃないか? そいつにだって一応、心はあるんだからな」
若干、面白がる声で応じたのは要だ。
「それはないわ」
ナナが硬い声で断じる。
「心はあっても。いいえ、あるからこそ、セロファン師が……、零がその手を汚すことはない。解っている筈よ、要」
窘められた形となった要は肩を竦めた。
「では彼女はなぜ死んだ?」
「犯人捜しに興味はないよ、佐理。僕は色を見せられなかった。それが全てだ」
「生憎、こちらは物事の進行に整合性を求める性質でね。零が犯人でないのなら、他を当たる必要がある。例えば。この館の女主人の死に未だ気づかず、いや、気づいてない振りをしているのかもしれないが、沈黙している家族たち」
「好きにすると良い」
些か投げたようにセロファン師が言って、ふと顔を上げた。
「セロファン師?」
「いる。死が近い人間がもう一人、この館の中に」
佐里たちもそれを感知したようだった。
「今度こそ、僕は色を見せなければ」




