XXXIII
たとぅ、たとぅ、たとぅ、と。
木靴の音が鳴り響く。
青木ヶ原樹海。通称富士の樹海。
陰々滅々たる重苦しい空気の漂う中。
しかしそれは人の目が捉えるからであって、生態系は実に健やかに機能している。生い茂る樹木。
黒々とした幹を持つ、大きな樹の枝にぶら下がる縄。
丸い輪っかを作るそれに、手を掛けようとした青年は、木靴の音に振り向いた。
チチチ、と鳥の鳴く声。葉擦れの音。射す陽光。
そして――――セロファン師。
彼がにこりと笑うと髪飾りの鈴が小さく歌う。
「こんにちは」
「セロファン師?」
「そう」
「俺に色を見せてくれるのか……」
「その積りで、それが生業だ。さあ、貴方の望む色を言ってくれ。その縄に手を掛ける前に」
「色……」
「うん。今日はほら、良い天気だ。それに相応しい、晴れやかな色にしてくれ」
「今から自殺しようとする人間に言う台詞じゃないな」
セロファン師は眉根を寄せる。
「済まない。でも僕には、色を見せることしか出来ないから」
「見せる相手への共感とか、ないのか」
「それは僕の領分じゃない。君が今から置いて行く大事な人たちのすることだ」
「大事な人?……大事な人? そんなの、いるものか!」
激昂した青年の肩は上下して息は荒い。
「俺は終わらせたいだけだ!」
「なら色を言ってくれ」
間髪入れずセロファン師が乞う。命じる、に近い声音で。
「水色。クリアで、はっきりした。……好きなアニメのキャラの、髪の色なんだ」
「水色。承った」
セロファン師は上着からセロファンを取り出した。
青年の目に涙が滲む。
ずっと息苦しかった。辛いことは多く、幸薄い人生だった。人からの好意など、寄せられたこともなく。
虐げられ、蔑まれ。
こんなところまで落ちぶれた。
だが最期にセロファン師に出逢えたのは僥倖かもしれない。
好きなキャラを想いながら逝ける。
「ありがとう」
青年はセロファン師に言って、縄の輪に、頭を潜らせた。




