XXXII
深夜。
大型トラックの運転手は音楽のボリュームを上げて車を走らせていた。
だから最初ははっきりとは聴こえなかった。
たとぅ、たとぅ、たとぅ、と。
セロファン師の木靴の音が。
訝しく思い助手席を見ると、セロファン師が腰掛けていた。
「うわあ! 何だお前」
「こんばんは。僕はセロファン師。貴方の望む色を言ってくれ」
小首を傾げた弾みで髪飾りが涼し気に鳴る。
「セロファン師って、あの都市伝説の……。嘘だろ、本当にいたのか」
「そうだよ」
「……つまり何か。俺はもうすぐ死ぬのか」
「うん。直にこの道路で玉突き事故が起こる。貴方もその犠牲になる」
「嘘だろ」
「本当だ」
「事故を防ぐことは出来ないのか」
「残念ながら」
運転手は、乾いた唇を湿して、再び動かす。
「その未来を知る俺だけでも助かることは出来ないのか」
「無理だ。摂理に反する」
「…………」
音楽は鳴り止まない。
運転手にはそれが自分への葬送曲のように聴こえた。
「――――緑色を見せてくれ」
「緑?」
「そう。透き通った、綺麗な緑だ。俺は職業柄、色んなとこに行くが、行けば必ず樹木や草原を探してしまう。目を、休めたいんだな。疲れ切っていても、その色があれば不思議と力が湧く。あともうひと踏ん張りだって」
「貴方の緑の、先はないよ」
男が笑う。
「解ってるよ。だからさ。だから尚更、見たいんだ」
「緑のセロファン、承った」
そして悲劇は起こる。
眼下に広がる悲惨な事故現場を、セロファン師は無感動な目で見ていた。
「来ると思っていたよ」
下を向いたまま背後に声を掛ける。
「佐理」
「救う術はあった筈だ」
「全ては定められた運命の環が決める」
「運命の環の一端を、君は握っているんじゃないのか」
「僕はただ、セロファンを見せるだけだよ」
「詭弁だ」
きつく睨みつける佐理に、セロファン師はどこか悲しく微笑んで見せた。
「僕が許せないなら、僕の存在を消滅させれば良い。君ならその方法くらい知っているんじゃないのか?」
「私怨で君を消す? そんなことは出来ない」
「それなら黙っていてくれないか」
星々が二人の会話を聴く。その下には悲劇が。
淡々と紡がれる会話には温もりはなく、ただ遣る瀬無さに似たものだけがあった。




