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セロファン師は気が進まない  作者: 九藤 朋
32/58

XXXII

 深夜。

 大型トラックの運転手は音楽のボリュームを上げて車を走らせていた。

 だから最初ははっきりとは聴こえなかった。


 たとぅ、たとぅ、たとぅ、と。


 セロファン師の木靴の音が。

 訝しく思い助手席を見ると、セロファン師が腰掛けていた。


「うわあ! 何だお前」

「こんばんは。僕はセロファン師。貴方の望む色を言ってくれ」

 

 小首を傾げた弾みで髪飾りが涼し気に鳴る。


「セロファン師って、あの都市伝説の……。嘘だろ、本当にいたのか」

「そうだよ」

「……つまり何か。俺はもうすぐ死ぬのか」

「うん。直にこの道路で玉突き事故が起こる。貴方もその犠牲になる」

「嘘だろ」

「本当だ」

「事故を防ぐことは出来ないのか」

「残念ながら」


 運転手は、乾いた唇を湿して、再び動かす。


「その未来を知る俺だけでも助かることは出来ないのか」

「無理だ。摂理に反する」

「…………」


 音楽は鳴り止まない。

 運転手にはそれが自分への葬送曲のように聴こえた。


「――――緑色を見せてくれ」

「緑?」

「そう。透き通った、綺麗な緑だ。俺は職業柄、色んなとこに行くが、行けば必ず樹木や草原を探してしまう。目を、休めたいんだな。疲れ切っていても、その色があれば不思議と力が湧く。あともうひと踏ん張りだって」

「貴方の緑の、先はないよ」


 男が笑う。


「解ってるよ。だからさ。だから尚更、見たいんだ」

「緑のセロファン、承った」


 そして悲劇は起こる。

 眼下に広がる悲惨な事故現場を、セロファン師は無感動な目で見ていた。

 

「来ると思っていたよ」


 下を向いたまま背後に声を掛ける。


「佐理」

「救う術はあった筈だ」

「全ては定められた運命の環が決める」

「運命の環の一端を、君は握っているんじゃないのか」

「僕はただ、セロファンを見せるだけだよ」

「詭弁だ」


 きつく睨みつける佐理に、セロファン師はどこか悲しく微笑んで見せた。


「僕が許せないなら、僕の存在を消滅させれば良い。君ならその方法くらい知っているんじゃないのか?」

「私怨で君を消す? そんなことは出来ない」

「それなら黙っていてくれないか」


 星々が二人の会話を聴く。その下には悲劇が。

 淡々と紡がれる会話には温もりはなく、ただ遣る瀬無さに似たものだけがあった。




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